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2018-10

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aQuA -アクア-

aQuA -アクア-


 とある極寒の地で、ある日ひとつの国が突然の襲撃により滅んだ。命からがら生き延びたのは、まだ成人にも満たない王女だった。
 王女の名はアクア。王より国宝の宝玉を死ぬ間際に手渡され、それを悪しきものたちから守るよう遺言を預かる。
 炎で赤く燃え上がる国を背に、アクアは暗く寒い森の中をあてもなく彷徨っていた。
 暗闇の恐怖に怯え、迫り来る追っ手から逃れるも、足を滑らせて怪我を負い動けなくなってしまう。
 絶望の底に沈みそうになるところを、あるひとりの青年クリスに助けられ、共に旅をすることになった。
 果たして彼女は最後まで宝玉を守り抜くことができるのだろうか。
 狙われる宝玉の意味は?
 なぜごく平凡なはずの辺境の国にあるのか?
 世界を巻き込む壮絶な旅が、今、始まる……。




  ● 目次 ●


  Chapter 1  /  part 1  part 2 (2014/04/11更新)
  Chapter 2  /  part 1  part 2  part 3 (2014/06/18更新)
  Chapter 3  /  part 1  part 2 (2014/07/01更新)
  Chapter 4  /  part 1 (2014/07/29更新)  part 2 (2014/11/20更新)
  Chapter 5  /  part 1 (2014/11/27更新)  part 2 (2014/12/11更新)
  Chapter 6  /  part 1 (2015/01/06更新)  part 2 (2016/01/28更新)
  Chapter 7  /  part 1 (2016/02/06更新)  part 2 (2016/02/15更新)
  Chapter 8  /  part 1 (2016/02/19更新) New


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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

aQuA -アクア- / Chapter 1 - part 1


Chapter 1



 1



薄暗い雪の森の中を、一人の少女があてもなく彷徨っていた。
後ろを振り返ると、街が赤く燃え上がっているのが見える。
森の中を駆け抜けながら、少女は父親の最期の言葉を思い出していた。

『よいかアクア……この、代々我が国に伝わってきた宝玉を守れ……決して、これを悪しき者の手に渡してはならん……お前がしっかりと守ってくれ……』

お父様はそうおっしゃられて息を引き取られた。
この宝玉が一体何なのかは教えて下さらなかったけれど、とにかくお父様のおっしゃられたとおり、これをしっかりと守らなければ。

極寒の地、ノースアイランドを統治するウィンタリィル国が突然の襲撃により壊滅し、アクアは命からがら逃げてきた。
王女である自分が国から逃げることに引け目を感じたが、もう後戻りすることなどできない。
託された宝玉を胸に、アクアはひたすら走り続けた。

体に刺すような寒さが襲ってくる。
この雪の森は昼間こそ凍えるが、夜ともなれば更に気温は下がる。
それだけでもじゅうぶん危険だが、夜は凶暴なスノーベアや、お腹をすかせたフェンリルウルフたちが獲物を求めて徘徊している。
そんな中をあてもなく彷徨うことがどれほど危険なことなのかはよく分かっていた。
しかし、夜が明ける前に何としてもここを抜けなければならない。

お父様の死を無駄にはできない。
この森を抜ければ雪の町フリージュがある。
まずはそこへ……。

突然後ろから風を斬る音が聞こえてきた。
何の音かと振り返る間もなく、アクアの髪の毛をかすめて、矢がすぐ側の木に突き刺さった。
どうやら追っ手が来たらしい。

なぜ自分が森へ逃げ込んでいるとすぐばれたのかは分からないが、矢を放ってくるあたり、宝玉を持っていることも分かっているのだろう。
相手は馬に乗っているみたいですぐに追いつかれてしまうのは目に見えているが、それでも諦めるわけにはいかない。

アクアは飛んでくる矢をなんとかかわしつつ木の間を縫って走り続けたが、案の定すぐに追いつかれてしまった。
追っ手は馬から降り、じりじりとアクアに近づいていった。
全身をマントで身を包み、フードと仮面で顔を隠している。
体格からして、どうやら男のようだ。

「逃げても無駄です。おとなしく宝玉を渡してもらいましょうか。そうすれば貴女様の命は助けて差し上げましょう。もし嫌だと言うのなら、アクア王女には死んでいただくしかありません」

アクアは男の言葉に全く動じない……というより、動じないふりをしていた。
本当は膝が震えて立っているのもやっとだったが、決してそれを相手に悟られてはいけない。

「王女様は命が惜しくないのですか?宝玉を渡さなければ死ぬことになるのですよ?」男の放った矢が勢い良く飛ぶ。
それでもアクアは動じない。

男は次第に苛立ち始め、声を張り上げて言った。

「さっさとそれをよこせ!どうせお前が持っていても何の意味も持たないんだ!さあ早く!」

「これはお父様から預かった大切な物。お父様はこれを悪しき者に渡すなとおっしゃいました。誰があなたのような人に渡すものですか!」アクアはそう言うと、呪文を唱え始めた。

「ファイアボール!」

アクアの指先から炎の球が男めがけて飛び出した。
男はすんでのところでファイアボールをかわす。
ファイアボールはそのまま男の後ろにあった木にぶつかり、激しい音を立てて辺りを煙に包んだ。

「くそっ、どこだ!」

男は必死に周囲を見回したが、あたりは煙が立ち込めてよく見えない。
アクアは何とか追っ手から逃れ、また走り続けた。

だが、気のせいか進むにつれてどんどん暗闇の中へ誘い込まれているような感覚に陥る。
自分が今どこを走っているのかもまったく分からない。

「きゃっ!」突然足元が滑る。
アクアは小さな崖の下でしりもちをついてしまい、しばらく言葉も出なかった。

――いけない、こんなところで止まっている場合ではないわ。
そう思って立ち上がろうとした瞬間、右足に激痛が走った。

「痛っ……」

滑り落ちた時にどこかに当たって切れてしまったらしく、ふくらはぎが血の赤で滲んでいた。
深く切れていたわけではないが、痛みでなかなか立ち上がることができない。

ああ、私はこのままここで死んでしまうのかしら。
どこからか獣の匂いがしてくる。
きっと私が死ぬのを待ってるんだわ。
そして、そのあと私の肉や内臓を喰らうにちがいない。

アクアは木々の隙間からのぞいている空を見上げた。
絶望に満ちたアクアの心とは裏腹に、月は曇りなく大地を照らし、星は輝いている。
ふいに涙が零れ落ちた。

思えばあっという間の出来事だった。
突然の襲撃に多くの民が命を落とし、お父様も殺され国は落ちてしまった。
私は宝玉を守るため国を逃れ、こうして森の中を走り続けてきた。
でも、私ももうこれで終わり。
足に怪我を負ってしまってうまく立ち上がることができないし、この寒さで全身の感覚がもうほとんどない。

お父様ごめんなさい。
約束は守れそうにありません。
せめて、このままあの世へ宝玉を持っていければいいのに。
……ああ、なんだか意識が朦朧としてきた……本当にもうダメみたい……お父……さ……ま……。



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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

aQuA -アクア- / Chapter 1 - part 2


Chapter 1




 2



目が覚めると、そこは凍える森の中ではなく、暖かい部屋のベッドの上だった。

「やあ、気がついたかい?」

一人の青年が部屋に入ってきた。
年齢は十八くらいだろうか。
暖かさに満ちた、澄んだ青い瞳。
じっと見ているとその中へ吸い込まれてしまいそうだった。

「あの……うっ……」アクアは起き上がろうとしたが、負った傷が痛くて起き上がることができない。

「大丈夫?無理に動くと傷にさわるよ。さっき魔法屋で買った薬草を塗ったから、すぐに良くなるとは思うんだけど」
「あなたが助けてくれたのですか?」
「ああ。雪の森の中で倒れていたのを見つけて、このフリージュの町まで運んできた」
「どうも助けていただいてありがとうございます。このご恩は決して忘れませんわ」

アクアの丁寧な態度に、青年は少し驚いた。

「ずいぶん礼儀正しい人なんだね。それにどこか高貴な雰囲気がする。どこかの富豪のご息女とか?」

ここで王女だと名乗って、敵に追われていることが知れれば彼にも迷惑がかかるかもしれない。
ここは気づかれないよう庶民のようにふるまわなければ。

「い、いえ、私はただの一般庶民ですわ。ただわたくしの父が礼儀作法にうるさい人だったので、いろいろと教え込まれただけなんです。そういうあなたこそ、ずいぶん立派な鎧を纏ってらっしゃるのですね。さぞ由緒正しき家柄なのでしょう?」
「そんな、由緒正しいなんて……なんてことない普通の家だよ」
「そうなんですか?以前伯爵の一行を見たことがあるのですが、お付きの方はとても立派な鎧を纏っていらっしゃいました。あなたの鎧も、それによく似ています」
「そんなにいいものじゃないよ。そういえば自己紹介がまだだったね。僕はクリス。クリス・アーチェイン。見てのとおり剣士で、修行も兼ねて旅をしている。あなたは?」
「私の名はア……」

一瞬本当の名前を言いそうになって、焦ってしまった。
首をかしげるクリスに悟られぬよう、軽く一呼吸おいて、落ち着いた様子で口を開いた。

「……アンドレス。マリン・アンドレスです」
「マリン・アンドレスか。どこかで聞いたことあるようなないような」
「そ、そうかしら。ありふれた名前ですわ」

マリン・アンドレスというのは、アクアが愛読していた名著な本の登場人物の名前をもじったものだった。
何とか話題を変えようとして、ふとあることを思い出した。

「そういえば、アーチェインといえばどこかの有名な剣士もそんな名前だったような気が……」
「……フリドリッヒ・アーチェインは僕の父です。といっても、本当の父親ではないんですけどね」そう言って苦笑いするクリスの青い瞳は、心なしか曇って見えた。

「そうなんですか……でも、素晴らしい方がお父様になって、あなたも誇らしいことでしょう」

すると、ふいにクリスの顔が暗くなった。

「ご、ごめんなさい、何かいけないことでも……」
「いや、大丈夫、なんでもない。それよりも、マリンさんはあの森の中で一体何をしていたんだい?」
「ええと……特にこれといって目的はないのですが、世界中を気ままに旅して歩いている、とでも言っておきましょうか」
「世界中を気ままに旅している、か。それにしてはずいぶん手ぶらなようだけど」

「わ、私、荷物は軽い方が好きなんです」痛いところを突かれ、アクアは慌ててしまった。

「そうか。でも、それではいろいろと大変だろうに。武器を持ってないところを見ると、魔法を使うのかい?」
「一応護身用の短剣は持っているのですが、剣の腕の方はあまりよろしくないので……」
「なるほど。それではどうだろう。僕も一人で旅をしている身。一人より二人の方が何かと頼もしいだろう。一緒に旅をしないか?」

アクアは少し考えた。
たしかに彼がいれば頼もしいかもしれないが、何しろ自分は狙われている身である。
彼にも危険が及んでしまうかもしれないと思うと、素直にイエスとは言えなかった。

「マリンさん?」

澄んだ青い瞳が私の目をじっと見つめる。
そんな瞳に見つめられると、心が痛んでしまう。

「何か都合の悪いことでも?」
「あ、いえ……そうですね、ぜひご一緒させて下さい。でも、ひとつ忠告しておきます。私と旅を共にすれば、これから危険なことが待ち構えているかもしれません」
「危険なこととは……何か事情でも?」
「今は申し上げることはできません。でも、いつか必ずお話します。それでも良いというのなら、ぜひご一緒させてください」
「僕は全然かまわないよ。むしろその方が意義のある旅になりそうだ。それに、あなたと似たような人を僕は前に会ったことがある」
「そうなんですか?それは一体……」

「……さて、話はこれくらいにして。夜も遅いし、そろそろ寝ようか。幸い足の傷もそんなに深くないみたいだし、数日もすればよくなるだろう。だからゆっくり休むといい」彼にも何か事情があるようで、途中でアクアの話を遮った。
アクアもいろいろ隠しているが、クリスも何かを隠しているようだ。

「あ、僕のこともクリスって呼んでくれていい。それじゃ、おやすみ」
「じゃあ私のこともマリンで。おやすみなさい」

クリスはにこっと微笑んで、ランプの火をふっと消してソファーに寝転がった。
この部屋は一人部屋だったので、当然ベッドもひとつしかなかった。

真っ暗な部屋を、窓から差し込む月明かりが部屋を照らしていた。
町の夜は平和そのもので、さっきまであんな惨事があったことなど嘘のように静まり返っている。

このスノーアイランドには他にも点々と町や村が存在しているが、すべてウィンタリィル国の領地。
数日後には国が滅んだことが知れ渡り、まもなくこの大陸は他の国の領地争いに巻き込まれるかもしれない。
雪景色でこんなにも綺麗な町や村が、戦火の渦に巻き込まれてしまうのかと思うと、なんだか悲しい気持ちになる。

「眠れないのかい?」
「ええ。ちょっといろいろあったものだから……」
「そうか……どんな辛い思いをしてきたのかは分からないけど、今は身体のために休んでおいたほうがいい」

クリスを見ていると、アクアはなぜだか心が落ち着いた。
彼の優しい青い瞳のせいだろうか。
その瞳に見つめられると、何もかも失って途方に暮れていたアクアの心はすぐに立ち直れそうだった。

「そうですね。これから長い旅に出るんですものね。早く良くならないと。おやすみ」
「おやすみ」

とにかく今は傷の治療に専念しなければ。
早く治して、これからどうしなければいけないのかを考えなければいけない。

アクアは不安を感じていたが、目を閉じると、突然起こったいろいろなことで疲れていたせいか、すぐに深い眠りに落ちた。






to be continued...



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aQuA -アクア- / Chapter 2 - part 1


Chapter 2




 1



 **

燃えさかる城、町。
私は衛兵に連れられながら城の裏口を目指していた。
しかし、途中でお父様の姿が見えないことに気がつく。
必死に止めようとする衛兵の腕を振り払い、私はお父様のもとへと急いだ。

王の部屋の扉は開いていた。
おそるおそる部屋の中へ入ると、お父様は大量の血を流してうつぶせに倒れていた。
あまりにも衝撃的な光景に、私は悲鳴をあげた。

その声に反応したのか、お父様の手がぴくっと動いた。
急いで駆け寄ると、お父様は最後の力を振り絞って、自分の眼に手を当てながら呪文を唱えた。
一瞬周りが見えなくなり、私はあまりの眩しさに目を瞑った。

やがて視界が元に戻ると、お父様の手には手のひらほどの美しい玉が乗っていた。
そして、この玉が国に伝わる宝玉で、悪の手から守り抜かなければならないことを私に託し息絶えた……。

 **

「う……ん……」

アクアはゆっくりと目を開けた。
部屋の中は暖かく、窓の外から子どもの笑い声が聞こえてくる。
そう、ここは凍てつく森の中ではない。
昨夜、クリスという青年に助けられ、アクアは死を免れたのだ。

「ずいぶんうなされていたようだね」

ベッドのすぐそばで、中年の女性がアクアを心配そうに見ていた。
少し白髪の混じった茶色い髪を後ろに束ねた、細身の女性だった。

「あの、あなたは?」
「私かい?私はサハラ。この宿屋のおかみだよ」
「おかみ?」

聞きなれない言葉にアクアは戸惑っていた。
わけが分からないという顔をしているアクアに、サハラは驚いた顔をしたが、ふふっと笑って腰に手をあてた。

「おかみというのは、店を仕切っている女のことだよ。もともとはあたしの旦那が、旦那の両親から受け継ぐはずだったんだけど、あの人ったら、『この国を守りたい!』とか柄にもないこと言っちゃって、お城へ入隊しちゃったのさ。この宿屋は潰すつもりでいたらしいけど、なんだかんだで百年ほど続いてる宿屋だし、潰すのはもったいないからあたしが引き継いだのさ」
「お城へ……」

おかみの言葉を聞いて、アクアの顔は蒼白になった。

昨夜のうちに、兵士たちがどんどん殺されていくところを見ていた。
若い者から中年の者まで、幅広い年齢層の兵士たちが戦いの中へ散っていった。
もしかしたらその中に、おかみの夫もいたかもしれない。
きっと数日のうちに訃報が届いて、彼女は夫の死を聞かされるだろう。
そしてたった一人きりで、この宿屋を切り盛りしていかなければならないのだ。

「あんた、大丈夫かい?泣いているじゃないか」

「え……?」頬に手を当てると、いつのまにか目から溢れた涙がつたっていた。

「こ、これは、なんだか今の話に感動してしまって、つい……」とっさに下手な嘘をついてしまったが、まったく面識のない他人の話で泣くなんておかしいに決まっている。

「ありがとう。そんな感動的な話でもないんだけどねぇ。まあ、たしかに一人でこの宿屋を経営するのは大変だよ。小さな宿屋とはいえ、毎日シーツを新しくしたり、掃除したりするのは体力がいる。何人かバイトを雇ったりしてなんとかなってるけどね。でも、あの人がお城で頑張ってるんだから、あたしだって頑張ろうって思えるんだよ」

どうやらおかみは不審に思っていないようだ。
親切にハンドタオルまで差し出し、「ほら、これで涙を拭きなさい」と言った。

「……きっと、旦那様もあなたと同じ気持ちでいると思います」

国がどうなっているのか知らないおかみに言えることは、アクアにとってそれが精一杯だった。
真実を告げてしまえば、きっと生きる気力を失くしてしまうかもしれない。

アクアはなんとか話題を変えようとして、クリスがいないことに気がついた。

「そういえば、クリスはどこに行ったんでしょうか」
「クリス?ああ、あの青い瞳の青年かい?」と、おかみは思い出したように言った。「彼なら、今朝からあんたの傷に効く薬を買いに行ったよ」

おかみが「そろそろ帰ってくるころだと思うんだけど」と言うのと同時に、トントンとドアをノックする音がした。
二人がドアのほうを見ると、クリスが手に紙袋を持って入ってきた。

「やあ、目が覚めたかい?さっき魔法屋に行って、傷を早く治す飲み薬を買ってきたんだ。飲むといい」

クリスは紙袋から小瓶を一本取り出すと、アクアに手渡した。
それを小瓶を目の前で軽く振りながら、アクアは「不思議な色…」とつぶやく。
いかにも魔法薬というような緑色だが透き通っていて、まるでエメラルドを溶かして液体にしたような、神秘的できれいな色だった。

栓を開けると、微かにミントのような香りが漂う。
アクアはぎゅっと目を閉じて、薬を一気に飲み干した。

「気分はどうだい?」
「なんだか、痛みが和らいでいくような気がする」

魔法の薬というだけあって、さっそく効果が現れたのだろうか。
針金が突き刺さってそのまま足に入っていったような激しい痛みが、まるで抜けていくように和らいでいく。

「その調子なら、すぐ良くなりそうだね。よし、滋養にいい食べ物を持ってくるから、ちょっと待っていなさい」と言って、おかみは厨房へ向かった。それから数分もたたないうちに、トレイに食事を乗せて戻ってきた。

「さ、このスープをあったかいうちにお飲み。作り置きだけど、薬草の粉末を入れておいたから栄養たっぷりだよ」

スープを受け取り、一口含む。

「美味しい……」初めての庶民的な味だが、かなり美味しい。これが素朴な味というものだろうか。

「これはあたしのとっておきなんだよ。さ、もっと飲んでごらん」

静かに味を一口一口かみしめながら、アクアはスープを飲み干し、一息ついてトレイに器を戻した。

「とても美味しかったです。どうもありがとうございました」

おかみにトレイを差し出したが、おかみはアクアを見つめたまま動かなくなっていた。

「どうかしたのですか?」と声をかけると、おかみは我に返り、トレイに気づいて受け取った。

「あ、あら。悪いね、ちょっとぼーっとしてたみたいで。いやね、なんだかずいぶんお上品なお嬢さんだと思ってたものだから。もしかしてあんた、どこか裕福な家庭の娘さんで、家出してきたんじゃないのかい?」
「い、いえ、私はただの一般市民ですわ……じゃない、一般市民です。それに、家出でもないので大丈夫です」

おかみは訝しそうな顔をしたが、それ以上追求はしてこなかった。

このサハラさんといいクリスといい、どうしてこうも怪しんでくるのだろうか。
やっぱりうまくなりきれてないのかしら……。

「おかみさん、彼女は世界が知りたくて家を出てきたんですよ。きちんと家族にも告げてるみたいですし。軽装なのは魔法を使うからですよ」
「あら、そうなのかい?悪かったねぇ疑ったりして。それじゃ、そろそろあたしは仕事があるから失礼するよ。ゆっくり休むんだよ」
「あ、は、はい。どうもありがとうございます」

とっさにクリスが庇ってくれたおかげで、おかみの目はごまかせたようだった。
おかみが部屋から出て行くと、アクアは額の冷や汗を手で拭った。

「クリス、どうもありがとうございます。おかみさんは勘違いしていたようでしたが、あなたのおかげで分かってくれたようです」
「たいしたことじゃないよ。さ、もう一眠りするといい。身体を休めておけば傷の治りも早いからね。それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」と言って、クリスは静かに扉を閉めた。
さっきまでにぎやかだった部屋が、再び静寂に包まれる。

スープで体も温まり、薬を飲んで落ち着いたせいだろうか。
アクアは瞼を閉じると、深い眠りに落ちていった。



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aQuA -アクア- / Chapter 2 - part 2


Chapter 2




 2



その夜、アクアは何かが燃えている音で目を覚ました。
暖炉の火の音だろうか。だが、それにしては大きすぎる。

「マリン!早く起きて!」

突然そばで声が聞こえ、アクアはびっくりして飛び起きた。「どうしたのですか!?」

「魔物が突然町を襲ってきたんだ!あと、盗賊が……とにかく早く!」
「わ、わかりました」

「歩けるか?」とクリスがアクアの体を優しく支え、ベッドから下ろした。

右足をゆっくりと動かしてみる。
するとそんなに痛みはなく、歩いても大丈夫そうだった。「ええ、大丈夫みたい」

「じゃあ早くここから出よう!」

クリスに連れられるまま急いで外に出ると、国が襲われた時のように町中が赤く燃え上がっていた。
焼け落ちた民家には、無残にも逃げ遅れた町の人がぐったりと横たわっている。

「なんて酷い……。クリス、魔物はどこに!?」

アクアが周囲を見回しながらたずねると、クリスはアクアの後ろを指差した。
その指先が差す方向を辿って振り返ると、そこには大きな柱のようなものがあった。
しかし、それは大きなレッドドラゴンの足で、炎を吐きながらゆっくりと動いていた。

「なんて大きなドラゴン……」
「普通のドラゴンの倍はあるぞ。きっと誰かが召喚したのかもしれない」

「早く、町の人たちを安全な場所へ誘導しないと!」とは言ったものの、この町はスノーアイランドの最南端。
近い町でもかなり歩かなければならない。
それに今は夜。
雪の森に避難させるのはかえって危険だし、一体どうすればいいのだろう。

あれこれ考えている間にも、被害は広がるばかり。
アクアはどうしたらいいのか分からなくなっている。
クリスはレッドドラゴンの炎をかわしながらも、襲ってくる盗賊たちと戦っていた。

「でやぁ!」

剣と剣のぶつかり合う音が響き渡る。
炎を避けつつ敵とうまく戦うクリスの剣の腕は、なかなかのものだった。

「クリス!後ろ!」アクアが悲鳴をあげる。
クリスが後ろを振り返る間もないうちに、盗賊の投げつけた手榴弾が爆発した。

「クリス――!!」

辺り一面が爆風に包まれる。
アクアはその場に崩れ落ち、立ち上る煙柱をぼーっと見つめていた。

短かった。
森の中で怪我をして倒れていたところを助けられ、一緒に旅をしようとまで言ってくれたのに。
やっぱりすぐにこの町を出て行けば良かった。
そうすれば町が襲われることはなかったし、クリスも死ななかった……。

ところが、しばらくして煙の中に人影がゆらりと浮かび上がり、どういうわけか中からクリスが無傷で出てきた。

「クリス……あなたどうして……」

アクアが急いで駆け寄る。
しかしクリスの目を見て、アクアは触れようとしたその手を止めてしまった。
彼の目はあの澄んだ青い瞳ではなく、殺気に満ちた赤い血のような瞳になっていた。

クリスは呆然としたアクアに気付く様子もなく、剣を手に持ったまま敵に近づいていった。

「くそ!妙な術を使いやがって!」

盗賊の一人がクリスに立ち向かっていった。
そしてダガーで斬りつけようとしたが、クリスは造作もなく身を翻し、後ろの瓦礫の上に着地した。

「く、くそ!こいつ!」再び盗賊はクリスへ立ち向かった。

するとクリスは顔の前に剣を構え、静かに目を閉じた。

「なんだあ?こんなときにオネンネか?けっ、笑わせるな!」と、盗賊たちはクリスを指差して笑った。

しかし彼らの嘲笑に動じることもなく、クリスはゆっくり目を開けると、静かだが、重々しく言い放った。「奥義……かまいたちの舞!」

クリスが剣を振ると、ぶわっと風が巻き起こり、辺り一面を覆い隠した。

その後は何が起こっているのか、アクアは風圧で見ることはできなかった。
かろうじて見えたのは、盗賊たちが悲鳴をあげて次々と倒れていく光景だった。
そしてついに、レッドドラゴンさえも大きな音をたてて倒れた。

しばらくして、ようやく視界が開けてきた。
ほとんどの盗賊たちは息絶え、なんとか生き残った盗賊も瀕死状態で動ける状態ではない。
レッドドラゴンは完全に倒すことはやはりできなかったものの、相当ダメージを受けたようで、足を引きずりながら逃げようともがいていた。

「すごい……すごいわ、クリス」

アクアが呼びかけるとクリスは振り向いたが、その心はどこか遠くへ行ってしまったようだった。

「クリス?大丈夫ですか?クリス……クリス!」

「……あ……あれ?マリン?」と、クリスは肩を揺さぶられようやく我に返った。
そしてまわりの異様な光景に気づき、目をしばたかせたままきょろきょろと見回した。「これは……一体どうしたんだ?」

「どうしたって、あなたが見事な剣技で倒したのですよ?」
「僕が?こんなに大勢の敵や、こんなに大きいドラゴンまで?」

クリスが信じられない、という顔でアクアを見た。
どうやら敵を倒した時の記憶がないらしい。

「覚えてないのですか?」
「全然。敵の不意打ちをくらったところまでは覚えてるんだけど……」

どうやらクリスには何か隠された力があるらしい。
今回はたまたまその力が発揮されたのかどうかは分からないが、とにかく無事でなによりだ。

「まあ、無理に思い出そうとしなくてもいいのですが……」

「よく分からないけど、そうだな」クリスが後ろ頭をかく。「あっ、見ろ!」

クリスが差す指の先、敵が倒れていたあたりに暗闇の空間が少しずつ広がっていた。
その空間に盗賊やレッドドラゴンが飲み込まれていく。

「今度は何ですか!?」
「また新しい敵か!?」

二人は一歩後ろに後ずさって構えたが、暗闇の空間は敵をすべて飲み込むと、また徐々に小さくなっていった。
そして一緒に暗闇に吸い込まれたのか、いつのまにか火災はおさまっており、再び町は夜の静寂に包まれいった。



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aQuA -アクア- / Chapter 2 - part 3


Chapter 2




 3



町は壊滅状態だった。
二人が泊まっていた宿屋も破壊され、かつての面影もなくなっていた。

宿屋のおかみは無事に逃げることができたのだろうかと、しばらく二人で捜して町中を回ったが、残念ながら見つけることはできなかった。
もしかすると、瓦礫の下敷きになってしまったのかもしれない。

「おかみさん、死んでしまったかもしれないな……」
「そうですね……もしそうなら……」

もしそうなら、せめてあの世で愛する人と再会できていますようにと、アクアはクリスに聞こえないようにつぶやいた。

「もし、そこの若いの」

突然横から声をかけられ、アクアは思わず飛び上がりそうになった。
声のするほうを見ると、瓦礫の上に老人が座ってくつろいでいる。
身なりからして占い師のようだ。

「おぬしら怪我はなかったかのう?いやはや、大変な騒ぎだったわい」

町は大惨事だったというのに、その占い師はまるで他人事のようにのんびりとしている。
とりあえずクリスが愛想だけで「はぁ、まぁ……」と一言。

すると占い師は、急に顔が険しくなった。
実際はフードで顔が半分ほど隠れてよく見えないが、声を押し殺して何やら言い始めた。「そこの青年…何か特別な力を内に秘めておるな?そっちのおなごは、本当の自分に気づいておらんようじゃの」

「本当の自分?」
「さよう。もう一人の自分に出逢う時、本当の自分が映し出されるであろう。それを解く鍵は、光り輝く珠(たま)にある」
「光り輝く珠、ですか……」
「まずは船に乗り、東の地へ渡ってザリという町へ行きなされ。そこで重要な人物に出逢うであろう」
「でも、夜の海には氷がはっていて船は出せないんじゃ……」

「それなら心配ない。先ほどのレッドドラゴンが吐き出した炎で溶けておるわ。やつの炎は凄まじいからのぅ。とにかく、船に乗ることじゃ。わしは失礼する。こんな町にもう用はないからの」占い師はどこからか杖を取り出すと、瓦礫の山を登り、夜の闇に溶け込むように消えてしまった。

残された二人は占い師に言われるまま、支度をして港に向かった。
占い師の言うとおり、海の氷は溶けていて、船員たちが荷物を次々と船に持ち込んで出港の準備をしていた。

二人はお金を払い船に乗り込んだ。
アクアは船室に荷物をおろして甲板へ出てみる。
微かに残っている煙の臭いが風に運ばれ、アクアの鼻腔を突いてきた。

ザリには何が待っているのだろう。
お父様が私に託したこの宝玉と何か関係があるのだろうか。

アクアは遠ざかっていく国を見つめながら、宝玉を握りしめてつぶやいた。「この宝玉は必ず守り通してみせます。だから、どうか天国から私を見守っていて下さい……」

「マリン」クリスが船室から出てきて、アクアに肩掛けをかけた。

「あんまり外にいすぎると冷えるよ」
「ありがとうございます」

「なんだかいろんなことがあったね」と、クリスはアクアと同じように東の彼方を見つめる。

アクアはクリスにずっと思っていたことを言おうとしたが、予想通りの返答が返ってくることを思うと、なかなか言い出すことができない。
しばらく沈黙が続く。

「どうかした?」

クリスがアクアの様子に気付き、顔を覗き込む。
アクアは意を決して、クリスに問いかけた。「クリス、本当に私と旅を共にしても良いのですか?私、怖いんです。これから先、どんな試練が待ち構えているのか、まったく想像できなくて……それに、クリスのことをあんな危険な目に遭わせてしまいました。またあのようなことが起こるかもしれない。今回は助かったけど、次もまた助かるとは限らないし……だから港に着いたら、別れたほうがいいかと思うんです」

「大丈夫さ」クリスは優しくて澄んだ青い瞳をアクアに向けて言った。「さっきの大惨事を切り抜けたんだ。きっとどんなことでも乗り越えていける。旅に危険は付きものだろ?それに、不安なのは僕も同じだよ。僕だって自分のことが怖い。いつまたよく分からない力を使うかもしれないのに、そばにマリンがいなかったら、誰が僕を正気に戻してくれるんだい?だから僕の旅には、君が必要だってことだよ」

「クリス……ありがとうございます」
「おいおい、そんなに礼儀正しくしてくれなくてもいいんだよ。僕たちはもう、仲間なんだから」

「そうですね……あっ」アクアはおかしくて自然と笑いが込み上げてきた。
いつも常に王女という立場がついてまわり、本当に友達や仲間と呼べる人はいなかった。
だが、クリスは自分を仲間だと言ってくれる。
たとえそれは、本当は王女だということを知らないからだとしても。

二人はしばらく言葉を交わしたあと、また静かに東の彼方を見つめた。
暗がりだった海に少しずつ光が差し込んでいく。
長かった夜が、ようやく明ける。






to be continued...



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aQuA -アクア- / Chapter 3 - part 1


Chapter 3




 1



アクアとクリスを乗せた船が港に着いた。
極寒の島であるノースアイランドとは違って暖かい。
他の大陸では今、初夏を迎えていた。

「――で、この道をまっすぐ行けばいいんですね?」

船から降りた二人は、船着場にいた行商人にザリまでの道を教えてもらっていた。

「ああ、一本道だから間違うこともないだろう。ただし気をつけな。最近はこの辺りにタチの悪い獣人が出るらしいぞ」

「獣人ですか?」アクアの顔が強張る。

「大丈夫だよ。基本的に獣人は山や森の中に住んでいて、滅多に人里には近寄らないから」不安そうにしているアクアを見て、クリスが簡単に説明した。

「この辺に出没する獣人はグルフ族といって、特に気性が荒い種族らしいんだが、やつらも山の中に棲んでいる。だが、最近は事情が変わったらしくてな。ここ何十年かはとんと見かけなかったのに、つい一ヶ月ほど前から急に人里に下りてきて、人を襲ってるという話だ」
「それは妙ですね」
「ああ。ついこないだまでこの辺りは平和だったっていうのに、ずいぶんと物騒になったもんだ」
「グルフ族か。知能はどちらかといえば低い魔物だから、落ち着いて戦えばなんてことないかな。あと、たしか火に弱かった気がする」

つまりそれは、アクアが落ち着いて戦えるかが問題になってくるということだった。
もし一匹だけではなく、二匹、三匹……いや、もっと多くのグループで襲って来られたら、落ち着いていられないだろう。
確実にクリスの足手まといになってしまう。

「そ、そのグルフ族という魔物は、そんなに恐ろしいものなのですか?」
「大丈夫だよ。僕がついてる。君はサポートとして、魔法を使ってくれたらいいから。なにも絶対火じゃないと倒せないわけじゃないからね」
「はあ……」

大丈夫とは言ってくれるものの、やはり不安だった。
アクアとしては、何事もなく無事に町へ着きたい気持ちでいっぱいだ。

「とにかくお前さんがたも気をつけてな。それじゃ、わしは先を急ぐので行かせてもらうぞ」そう言って、行商人は立ち去っていった。

「僕たちもそろそろ行くか。マリン、大丈夫?」

「ええ、たぶん……」そうは言いつつも、本当は全然大丈夫ではなかった。

「あはは、必ずしも襲われるとは限らないんだから、今からそんな心配しなくてもいいんだよ。それにしても、この大陸は暖かいな。むしろ暑いくらいだ」

ここへ着く前に、一応薄着に着替えてはいた。
それでも冬物を着ているため、じっとしているだけで汗が出てくる。

港の入り口に貼ってあった周辺地図で道を再確認し、一応舗装された街道を歩き始めた。
初めて見る外の世界。
ほとんど城の中で過ごし、町へ出る時もお付きなしで歩くことは許されなかった自分にとって、こうして自由に外を歩けるとは夢にも思わなかった。

「あら、あそこに人が」

アクアが指差した先に、腰をかけるのにはちょうどいいくらいの石に座っている少女がいた。
歳はアクアと同じくらいだろう。
ずっと動かないところからして、きっと疲れて休んでいるのかもしれない。

「どうかしたのかい?」クリスが声をかけると、少女は少し驚いたような顔で彼を見た。

「別に。ちょっと歩き疲れて休んでいただけ。大丈夫よ」

少女は立ち上がってお尻についた小石や砂を払い落とすと、さっさと行ってしまった。

「……今の人はなんだったんでしょう」
「さあ?よく分からないけど、疲れが取れたんじゃないかな?まあ気にせず行こう」

何となく嫌な予感のする二人だったが、気にせず先を急ぐことにした。



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aQuA -アクア- / Chapter 3 - part 2


Chapter 3




 2



「ちょっとぉぉお!こっち来ないでよ!しつこいわねぇ!」

突然少し先のほうから悲鳴が聞こえてきた。
すぐさま駆けつけると、さっきの少女が獣人二匹に追いかけられていた。
少女を襲っている獣人は、噂のグルフ族という魔物だろう。
顔は狼に似ている。

「マリン!僕がヤツらを引きつけている間に、その人をどこか安全な場所へ!」
「はい!」

クリスが剣を抜いて、一匹の背中を斬りつけた。

「ゲアァア!」不意をつかれた獣人が悲痛の声をあげた。
そして「こっちだ!」とクリスが少女とは反対方向へ走り出すと、斬られた獣人はクリスを追いかけた。
それについてもう一匹も追いかける。

「さあ、今のうちです!隠れましょう!」
「え、ええ」

アクアは少女のもとへ駆け寄り、脇道の木の陰に隠れてクリスの様子を伺った。
さすがはクリス、獣人二匹が相手だろうと、うまくかわしながら立ち回っている。

「やるわね、彼」アクアのとなりで少女がつぶやく。アクアはなんだか嬉しくなり、ふふっと笑った。

「そうなんです。昨日たくさんの敵を相手に、たった一人で倒したんですよ」
「ふーん、そう。でもそのわりには、たかだか二匹の魔物にいっぱいいっぱいな気がするけど」

たしかに彼女の言うとおり、クリスは一匹の攻撃をかわすのに精一杯だった。
少しずつダメージを与えているみたいだが、このままではクリスの体力のほうが持たなさそうだ。

「……しかたないわねえ」
「え?」

少女は再び街道へ出て「どいて!」と言うと、呪文を唱え両手を大きくふりかざして叫んだ。「ファイアブレッド!」

小さな爆発とともに炎が敵に直撃する。
そして燃え上がったかと思うと、あっという間に黒焦げになり、グルフ族はざらざらと崩れた。

「……うっ」

プーンとゴムの焼けるような、胸が悪くなりそうな臭いが周囲に充満した。
あまりの臭いに、アクアは両手で口と鼻を覆ってその場に座り込んでしまった。

「ざっとこんなもんね!」少女は腰に手を当て、肩くらいまである髪をかきあげて得意そうに言った。

あんなにすごい魔法が使えるのなら最初から使っておけばいいのに、とアクアは思ったが、なんとなく怒られそうだったので言わなかった。

「ところで、あなたはどうして一人でこんなところにいたのですか?この辺りは、さっきみたいにグルフ族が暴れているそうですし」
「そうなんだけど、ちょっと人を探していたのよね」
「人ですか?」

「ええ」少女はひとつ溜め息をつくと、回想を始めた。

彼女の名前はルーン・トラスト。
歳はアクアと同じ十七歳。
大陸の南側に位置する、砂漠と平原の広がる国アレクサンド国の出身で、アクアと同じく魔法を操る。
主に攻撃魔法が得意で、それだけでここまで乗り切ってきた。

「数日前、突然あたしが寝泊りしていた宿屋が襲われたの。襲ったのは、フードのついた黒いマントを着た三人組の男たちで、この宝玉を渡せって言ってきたの」と言いながら、ルーンはポーチからアクアの持っている宝玉と同じくらいの玉を取り出した。

「そ、それ、私の持っているものと同じ……」
「なんですって?」

ルーンの玉を見て、アクアも同じようにポーチから取り出して差し出した。

「ほんとだわ。あなた、どうしてそれを持ってるの?」
「これは代々伝わってきたものなのだけど……あなたこそどうして?」
「あたしは、とある小道具店で見つけたのよ。なんでも、この宝玉には不思議な力が宿っていて、持ち主の願い事を叶えてくれるっていう伝説があるらしくて。まあ、そんな迷信みたいなこと、あたしは信じないんだけど、格安だったし、記念にと思って買ったのよ」

アクアはルーンから宝玉を拝借し、自分の宝玉と交互に見た。
だいぶ薄汚れてはいるが、玉から感じる不思議なオーラのようなものはまったく同じのようだ。

「持ち主の願い事を叶えてくれるなんて。私、そんなこと全然知らされていなかった……」

これを使っていれば、国は滅ばなかったかもしれない。
なぜお父様はこれを使わなかったのだろうか。
でももうそんなこと、お父様亡くなった今ではまったく知ることなんてできない。

「それで、幸い他にも武装した人たちがいたから、何とかそいつらは追っ払えたんだけど、いつまた襲ってくるか分からないじゃない?これからどうしようかと思っていた時に、偶然宿屋に寝泊りしていた占い師に、この場所で運命の者を待てって言われたの」
「占い師か。僕たちの時と同じだな」
「とにかく、わけが分からないままここに来たのはいいんだけど、なにしろ『運命の者』って言われても、どんな人なのか全然分かんないじゃない?だからもうどうでもいいわ。あなたたち、あたしについてきてちょうだい」
「悪いけど、僕たちこれからザリって町へ行く途中なんだ。それに、もし本当の『運命の者』が現れたりしたら……」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。じゃ、こうしない?あたしもそこへついて行ってあげるから、用が済んだら今度はあたしについてくるの。『運命の者』についてなんにも手がかりないし、そんな人、待ってるだけ時間の無駄よ」

アクアとクリスは、なんて無茶苦茶なんだという顔でお互いを見た。
そして「ちょっと待ってくれ」と言うと、ルーンに背を向け相談し始めた。

「なんだか、このままだとこの人にうまく丸めこまれそうな気がするんだけど……」
「でもまあ、一人より二人、二人よりも三人のほうが安全に旅ができるし、なにより逆らったらめんどくさそうだ。とりあえず、ここはオーケーしておいたほうが……」
「そうですね……」

意見が合致したところで、二人は再びルーンのほうを見た。「……わかった、それでいいよ」

「決まりね。それじゃ、早いとこそのザリって町に行って、さっさと用を終わらせちゃいましょ!じゃ、あらためて自己紹介するわね。あたしはルーン・トラスト。魔法の使い手よ。よろしく」
「……クリスだ。クリス・アーチェイン。見てのとおり剣士だ」
「私はあなたと同じで魔法の使い手、マリン・アンドレスです。よろしくお願いします」

こうして半ば強引にルーンがくわわり、三人はザリの町へ向かうこととなったのだった。






to be continued...



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aQuA -アクア- / Chapter 4 - part 1


Chapter 4




 1



「ところで、ルーンさんは『運命の者』が見つかったらどこへ行こうと思っていたんですか?」
「やだ。ちょっとやめてよね。ルーンさんなんて気持ち悪い」

気持ち悪い。その言葉にアクアは少しショックを受けた。

「あたしのことは、ルーンでいいわよ。クリスもね」
「ルーン……ですか」
「そう。それでいいの。あとその口調、どうにかならないの?あたしそういう堅苦しい言葉遣いは苦手なのよね。さっきの質問、もう一回くだけた言い方で言ってみなさいよ」

そうは言っても、アクアは王女。
ルーンのように慣れた口で話したことなど一度もない。
そんなアクアにいきなり口調を変えろと言われても、なかなか難しい話だった。

アクアが「えっと、その……」とおろおろしているところへ、クリスが助け船を出した。

「まあまあ。マリンはいろいろと厳しい環境で育ってきたみたいだし、すぐには無理だよ。マリン、少しずつでいいからね」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることはないよ。それより、ルーンは僕たちの用が済んだら、どこへ行くつもりなんだ?」

「あ、そうそう」とルーンは腰に付けたポーチから地図を取り出し、二人に赤いバツ印を付けた場所を指差して見せた。
彼女が持っていたのは、ここアストルリア大陸の地図だった。
大陸のほぼ中央にあるハイルランバーの都と書かれた場所の少し西、通称『迷いの森』と呼ばれている森の中にバツ印は付けられていた。

「どうして迷いの森と呼ばれているので……ごめんなさい、呼ばれている……の?」

「ですか」と言いかけたところでルーンがぎろっと睨んできたので、アクアは慌てて言い直した。

「それは、ここは樹海と呼べるほどそんなに広い森じゃないんだけど、なぜか開けた道を歩いていても道が分からなくなって迷子になりやすいらしいの。方位を確かめようとしてもコンパスが正常に動かないことが多くて、森を抜けるまで何日もかかってしまうっていう話よ」
「それは不思議な森だな」
「でしょ?この地図は宿屋が襲われたあとに占い師がくれたもので、運命の者とここへ行けって言われたのよね。何があるのかは教えてくれなかったんだけど、きっとすごいお宝が隠されているにちがいないわ。早くここへ行きたいから、用はさっさと済ませてよね!」

あまりにもの自己中心的な発言に、アクアもクリスも言葉が出ず、茫然とルーンを見つめることしかできなかった。
ルーンはというと、二人が自分の態度に呆れていることなど知る由もなく、「ぼーっとしてないでさっさと行くわよ!」と、二人の腕を強引に引っ張り街道を進んで行った。

それからしばらく進み、海から潮の香りがまったくなくなったころ。
辺りに穏やかな平原が広がっている中、三人はこじんまりとした一軒家がぽつんと建っているのを発見した。
誰かが住んでいるようで、庭には手入れの行き届いた畑や井戸まである。
ただ、今は誰もいないのか、家はしんとして風景に溶け込んでいた。

「あんなところに家が……どうしてこんな何もない所に住んでいるのでしょうか」
「知らないわよ。ほらほら、立ち止まっているヒマはないわ。さっさとザリへ行くんでしょ」

ルーンに急かされ、一行はその場を立ち去りザリへ向かった。
アクアは辺ぴな場所に建つ一軒家が気になり、何度も立ち止まって後ろを振り返ったが、以前として家の主が現れる様子もなかったので再び歩き出した。



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aQuA -アクア- / Chapter 4 - part 2


Chapter 4




 2



謎の民家からほどなくして三人はザリの町へとたどり着いたのだが、町の様子を見て唖然とした。

「いったい、これはどういうこと?まるで廃墟じゃない」
「魔物にでも襲われたのでしょうか……」

ほとんどの建物は崩壊しており、無事に残った数軒に人々は住んでいるようだった。
しかし、町が半壊滅状態だというのに町の人は復旧作業をしている様子もなく、まるで最初からこうなんですという顔で生活している。

「あっきれた。町がこんな状態だっていうのに、よく平気で暮らせるわね」

ルーンが呆れて溜め息をついた。

「とにかく町の人に事情を訊いてみよう」

クリスはそう言うと、近くにいた女性に声をかけてみた。

「すみません、この町で何か起きたんですか?」
「あんたたち誰?どこから来たのか知らないけど、よそ者は口を挟まないでちょうだい」

女性は怪訝な顔でそれだけ言うと、さっさと去ってしまった。

「なによあの態度!感じ悪いわね!」

ルーンがわざと聞こえるように言うと、周りにいた人たちが一斉に三人を睨んだ。
ルーンが肩をすくめて「おかしな人たちね」と一言もらした。

それからも町の人たちに声をかけたが反応は同じだった。
怒鳴り返す人や無視をする人ばかり。
まともに話をしてくれる人など誰一人としていなかった。
三人が途方に暮れて民家の壁にもたれかかっていると、一人の老人が近づいてきた。

「そこの旅の方々。こんな町に何の用かの?」

どうやらこの老人はまともなようだった。
クリスが事情を説明すると、老人はやれやれと溜め息ついた。

「わしはロバート。二月ほど前にこの町に越して来たんじゃが、町の住人があんな態度じゃろ?本当におかしなヤツばかりじゃ。こっちがちょっと何か訊ねるとすぐ怒鳴り返してくる。しまいに耐え切れなくなって、今は町から少し離れた場所で暮らしておるんじゃが、町があれじゃ買い物もまともにできん。けっきょく遠くの町まで行かざるをえなくなっておるし、そろそろ引っ越そうかと思っておるんじゃよ」
「そうなんですか……」

アクアが気の毒そうに言う。
たしかにロバートの言うとおり、老人が一人生活するには不自由すぎる町だった。
会話も成立せず、怒鳴り散らされるだけの毎日に耐えられる人などいるはずないであろう。

「困ったな。これじゃ占い師に言われてここに来た意味がないぞ」
「それならあたしの用事に付き合って……て言いたいところだけど、もう夕方になっちゃったし、これから行ったんじゃ着くのは夜中ぐらいになっちゃうわ。どこか泊まる所はないのかしら」
「町があんな様子じゃ無理だな。他の町へ行くしか……」

三人が泊まる場所に困っていると、「それならわしの家に泊まるといい」とロバートが提案をした。

「ここから次の町までは距離も遠いし、この辺りは物騒なんじゃ。人さらいが出るかもしれん」
「人さらいですって?」

ロバートの話では、時々ザリの町に訪れる旅人や通行人たちがこつぜんと姿を消すことがあるらしい。
そして、そんなことがあった日の夜は町の方角から奇声が聞こえてくるという。

「それから、人の叫び声も聞こえる夜もあったんじゃ」
「それはヘンね。ますます怪しいわ」

突然姿を消す人たち、町から時折聞こえる奇声と人の叫び声、そして崩壊した建物。
アクアたちがここへ導かれたのはこれが理由だったのだろうか。

「ところで、おじいさんはひとりでここへ越して来たんですか?」
「いんや。ここへは妻と孫と一緒に越して来たんじゃが、ある日突然行方不明になってしまったんじゃ……」
「ご家族の方も行方不明に?」

アクアが聞き返すと、ロバートは悲しそうに頷いた。

「そうじゃ。ちょうど一週間ぐらい前になるかのう。妻はあの町が嫌いじゃったから、遠くの町まで買い物に行くと言って孫と出掛けたきり、帰ってこなくなってしまったんじゃ……」
「二人の行方が分からなくなってしまったのと、夜に聞こえてくる奇声や悲鳴は、何か関係があるのでしょうか?」
「こうなったら、夜になるのを待って町へ偵察しに行きましょうよ」
「そうだな。で、誰が町へ行くんだ?」

クリスが訊くと、アクアとルーンは無意識にクリスを見た。

「……やっぱり僕か」

どうやらアクアもルーンも、偵察に行くのは当然クリスだと思っていたようだ。
クリスはノーと言っても無駄だと悟ったようで、しぶしぶ偵察役を引き受けた。

「じゃあクリス。いい?まずは町の様子を、ざっとでいいから見てきてちょうだい。その状況しだいで、これからの作戦をあたしが立てるわ」
「わかった」

そして、日が落ちるぐらいにクリスは町へ偵察に行った。
アクアは少し不安だったが、ルーンは「クリスなら大丈夫でしょ」と言って、あっけらかんとしていた。

クリスが偵察に行っているあいだ、アクアは何度も外を覗いてはそわそわしていた。
しまいには、ルーンに「ちょっと、少しは落ち着いたら?」と言われてしまった。

やっとクリスが偵察から戻ってきた頃には、すっかり夜も深くなっていた。
住人に気付かれないようずっと気を張っていたのだろう、いつもの澄んだ青い瞳が淀んでいるように見えた。

「で、町の様子はどうだったの?」
「なんだか町の集会所みたいな所へ、大きな袋をいくつか運んでいくのを見たんだ」
「大きな袋ですって?」
「ああ。しかもその袋は動いていた気がする。動物の動きとはちょっと違ってたし、もしかしたらロバートさんが言っていた、さらわれた人たちかもしれない」
「じゃあ、もしそうなら町の人たちが人さらいで、旅の人たちや通行人を次々と……」

アクアはそこまで言いかけて、背筋がざわっとなった。
もしもクリスが見た大きな袋の中身が人間ならば、ザリの町の住人たちは、とんでもない組織かもしれないということだ。

「とにかく、もう一度偵察に行く必要があるわね。クリス、頼んだわよ」
「は?また僕?」
「当たり前でしょ。偵察役はあなたなんだから。ただし、今回はあたしたちも後からこっそりついて行くわ。何かあった時のためにね」

そしてルーンはポーチから小石くらいのガラス玉を取り出すと、クリスとアクアに手渡した。

「これはおしゃべり玉といって、連絡を取り合うための魔法道具なの。連絡したい相手を思うだけで、玉がそれを感じ取ってくれて話をすることができるのよ」

「へえー、すごい玉だな」と、クリスは玉をじっと眺めながら言った。

「いい?じゅうぶんに警戒して行くのよ」
「クリス……気をつけて」
「マリン、なんて顔してるんだよ。それより二人も後からついて来るんだから、じゅうぶん注意するんだぞ」
「ええ」

三人は神妙に頷いた。
実行は明日。
はたして、無事に偵察を終えることができるのだろうか。






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aQuA -アクア- / Chapter 5 - part 1


Chapter 5




 1



次の日、昼から偵察に出掛けた。
昨日の今日で顔がばれているだろうということで、うまく潜り込むためそれぞれ変装して町に入ることにした。

アクアは腰くらいまでのウェーブヘアを、頭の高い位置で束ねて雰囲気を変え、ルーンは肩までもない髪を、オールバックに固めて眼鏡をかけた。
クリスはというと、髪をどうにか固めようとしたが、髪質のせいかワックスが合わなかったのか、どうやってもうまく固められず、仕方なく帽子を被り、暑い中マントを羽織った。
衣装はロバートが用意してくれたのだが、本人は目的も忘れたように、それぞれに服を当てながら楽しんでいた。

クリスが町に入った時、近くにいた男がちらっとクリスを見たが、特に怪しむ様子はなく、すぐに視線を外して通り過ぎて行った。

「……とりあえず怪しまれているかんじではないわね」

木の陰に隠れていたルーンが町の様子を伺いながら言った。
クリスが町の中を偵察しているあいだ、ルーンとアクアは町のすぐ近くで待機することになっていた。
空は穏やかな晴れ空で、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
町が崩壊していること以外は、平和そのものだ。

「ーン……マリン、聞こえるか?」

突然クリスの声がして、アクアは辺りをきょろきょろ見回した。
しかし、どこにもクリスの姿はない。
ルーンが「何してるの。おしゃべり玉よ」と、言いながらおしゃべり玉を胸元から取り出した。
なんてところに入れているのだろう。

「あ、そうでしたね」
「あなた、敬語やめてっていってるでしょ」
「ご、ごめんなさい」
「ルーン、今そんなことを言ってる場合じゃないだろ。それより町の人たちが……とにかくそっちへ行く」

クリスは呆れながらそれだけ伝えると、すぐさま中継を切ったようだ。
ルーンが何があったのか訊いても応答はなかった。

「いったいどうしたのかしら」
「さぁ?でも、ひとつ分かることは、何か非常事態が起きたってことかしら」

そう言っているあいだに、クリスがこちらに向かってくるのが見えた。
少し木陰から出て手を振る。

「クリス、どうしたの?」
「やつら、これから人間を狩りに行くらしいぞ。もうすぐ町から出てくる。とにかくここで息を潜めるんだ!」

クリスは慌てて木陰に入ってくると、息を潜めて町の人たちが出てくるのを待った。
するとすぐに町から人影が見え、ぞろぞろと町の入り口まで来た時、アクアは驚いて思わず声を漏らしてしまいそうになった。

なんと町から出てきたのは人間ではなく、醜い顔の獣人だった。
「あれはグルフ族?でも、港の近くで遭遇したのとはちょっと違う……」と、ルーンがもらす。

たしかに、その獣人は港付近で出遭ったグルフ族にそっくりだ。
違うところといえば、毛の色。
グルフ族は茶色だったが、彼らの毛の色は紺色だった。
それに少し賢そうな顔つきをしている。

「人間に化けていたのね。他のものに変化できるということは、通常の魔物よりも知能が高いということだわ」

それはすなわち、全滅するかもしれないということだ。
こちらは三人に対して、あちらは十匹をゆうに超えている。戦力の差は一目瞭然である。

グルフ族に似た獣人たちは、とある方向をしきりに指差すと、そこへ向かって歩き始めた。

――あの場所は……。

「大変!彼らが進んでいる方向には、ロバートさんの家があるわ!」
「くっ、やつらロバートさんを狙う気か!」

「助けに行きましょう!」と、アクアとクリスが魔物たちの後を追いかけようとすると、ルーンが手を出して二人の行く手を阻んだ。

「ルーン!このままだとロバートさんが危ないのですよ!?」
「落ち着いて、二人とも。そうね……ちょっと考えれば分かることだったわ。なぜ、町を訪れた人やこの近くを通った人たちは姿を消したというのに、ロバートさんだけは無事だったと思う?」
「そんなのたまたまやつらに気付かれなかっただけだろ。そんなことより、早くしないとロバートさんが……」

ルーンはクリスの言葉を遮るように、人差し指をクリスの口に当てた。
突然の行動に、クリスはぐっと黙り込む。

「いい?あの老人、ロバートさん……いえ、ロバートは、やつらの仲間よ。つまり、あいつも魔物だった」
「え?それはどういう……」

アクアが聞き返そうとしたその時、不気味な風が通り過ぎた。
その風に乗り、「フハハハハハ……」と不気味な笑い声が聞こえてくる。
声のするほうを見定めると、そこにはいつの間にか前後を取り囲んでいた魔物と、あのロバートさんがいた。

「ロバートさん?どうして……」

信じられないという顔で、アクアが問いかけた。
魔物と一緒に不気味に笑うロバートは、昼間まで浮かべていた穏やかな表情は面影もなく、妖しい表情に満ち溢れていた。

ロバートは、「まだ気付かないのか。俺もこいつらの仲間だということに」と言うと、みるみる口が横に裂け始めた。
そして腕や顔など肌だった部分から紺色の体毛がわさわさと生え、顔がいびつに曲がり、一緒にいる魔物と同じ顔になった。

「お前タチ、まんまト罠に引っかかったナ。馬鹿な奴らメ……」

ロバートの声は、もうかつての優しい声ではなくなっていた。
不気味な低音で、耳に入ると身の毛もよだつような声だった。

「騙したのか!」クリスがマントの下に隠し持っていた剣を抜き構えると、何体かの魔物が、それに反応して攻撃態勢を構えた。

「うまく潜り込んだつもりだろうガ、我々は馬鹿ではナイ。人間の匂いナドすぐ分かル」

完全に魔物になったロバートが仲間に合図すると、一匹が耳障りな奇声を発しながらアクアに襲いかかっていった。
逃げようとしたが、恐怖で足が強張り動くことができない。

「マリン!危ない!」

クリスが「でやあ!」と魔物に深く斬りつけると、魔物は断末魔のような声をあげ、血しぶきを撒き散らしながら倒れた。
そしてしばらく痙攣していたが、やがて動かなくなった。

「何ぼーっとしてるの!そんなことしてたらあなた死ぬわよ!」

ルーンはブツブツと呪文を唱え、両手を天に翳した。「サンダーボルト!」

空が黒い雲で覆い隠され、やがて雷鳴が響き渡った。
そして幾多の雷がルーンの両手に集まり、彼女がそれを振り下ろすと、一匹の魔物めがけて襲いかかった。
黒焦げになった魔物は、ざらざらと砂のように崩れた。
胸を刺すような臭いが充満する。
それを見て、他の魔物は警戒してたじろいた。

ロバートは苛々したのか、声を張り上げた。「何をしてイル!あんな攻撃ぐらいでおののぐトハ、それでも誇り高き魔族カ!」

「魔族ですって!?」ルーンが叫んだ。



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aQuA -アクア- / Chapter 5 - part 2


Chapter 5




 2



「ふん、怖気づいたのカ?そうダ。我らハ誇り高き魔族。その辺をうろついている頭の悪い下等な魔物などではナイ」
「そんな……だってあんたたちは……この世界にいるはずないのに……」
「ルーン、どういうことなのですか?」
「やつらは大昔に、魔界という恐ろしい世界に隔離されたのよ。ある出来事がきっかけでね。それから今まで、一度だって出現報告は出てなかったはずなのに……」

ロバートは、その通りダ、と不気味な笑みを浮かべて言葉を続けた。

「かつて我ラ誇り高き魔族ハ、選ばれし種としテ、永い年月この地上を支配してイタ。お前タチ人間の先祖モ、我らハ奴隷や食料としてキタ……」

しかし、一部の生き延びた人間たちは、知恵と力を付けてきていた。
対抗してくる者たちも現れ、その度に人間狩りをして制圧しようとしたが、人間はそんなことで諦める弱い生き物ではなかった。

「何百年か経った頃ダ。我々ハ人間との全面戦争に敗レ、次元の監獄と呼ばレル"魔界"へ封じ込められてしまっタ」

この世と魔界を繋ぐ、獄門(イビルゲート)も永遠に閉ざされ、世界は平和に包まれた――はずだった。

「ある日一匹の人間ガ、ありがたいことに獄門(イビルゲート)を開いてくれたのダ。そして再び我らハこの世界へ舞い戻って来ることガできタ」

「それは一体誰なの!?」ルーンが手に雷を構えながら問いかけた。

「それハお前たちガ気にすることではナイ。なぜナラ、お前たちハここで死ぬのだカラ!」

ロバートは大きく息を吸い込んだかと思うと、口から青緑のブレスを吐き出した。

「毒のブレスだ!吸わないようにみんな避けろ!」とっさに毒ブレスを見分けたクリスが叫び、アクアの体を抱いて脇に避けた。
ルーンも素早く当たらない方向へ避ける。

ブレスの当たった植物を見ると、みるみる黒く変色して溶解し、たちまち腐臭を放ち始めた。
たしかに当たれば確実に死ぬだろう。

「な、何なのよあれ!あんなの反則じゃない!」
「一体どうすればいいのでしょうか……」

相手は毒ブレスを吐き出すため、迂闊には近寄れない。
となると、アクアとルーンの魔法が頼りになってくるのだが、敵の数は多い。
呪文を唱えるにも集中力がいる。

ルーンは今まで場数を踏んできているのだろう、さっきもほんの隙をかいくぐって呪文を唱えていた。
クリスも敵の動きを瞬時に読み取りながら、素早く動いてダメージを与えている。

それに比べて、自分はなんて無力なんだろう。
隙なんて見つけようと思えばいくらでも見つけられたのに、恐怖が思考を占拠して、考えることなんてできなかった。

――結局、私は足手まといでしかない……そもそも、私が二人に関わらなければ、こんな目に遭わずに済んだはず。


――私サエ、居ナケレバ……――


「……マリンてば!しっかりして!」

気がつくと、ルーンが肩を揺さぶっていた。
アクアは我に返り、「ごめんなさい……」と謝った。

「ぼさっとしないで。さっきも言ったでしょ!」再びルーンは呪文を素早く唱え始め、敵にファイアボールをかましていく。
いつのまにか、敵の数は半分ほどに減っていた。

「それに、今は謝っている暇なんてないわよ。いくらクリスが頼りになるからって、いつも守ってくれるとは限らないんだから」

「いつも守って……」ルーンの言葉が、アクアの胸に突き刺さる。

城にいた頃、どこを歩いていても兵士たちの目があった。
自分が危険に晒されないよう、常に警備されていた。
時にそんな生活が嫌になり、町の中を友達と楽しそうに駆け回る国の子どもたちを見ては、その自由さに憧れたことさえあった。

それが今、結局は同じように誰かに守られている。
命がけで宝玉を守り抜いた父のように、自分もまた、命がけで守らなければならないというのに。

「マリン!危ない!」クリスが叫び声をあげた。

魔物が一匹、アクアに向かって襲い掛かる。
しかし、あと数センチ近づくとやられる、というところで、火の玉が爆発を起こして魔物を飲み込んでいった。

爆発が収まると、爆風の中からアクアが出てきた。
その顔はさっきまでとは違い、何か決意に満ちた表情をしている。

――このままでは、きっと私は守り抜くことはできない……もっと強くならなくては。

アクアは自分の心にそう堅く決意した。
そして拳を握り締め、敵の群れへと足を踏みしめて行った。






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aQuA -アクア- / Chapter 6 - part 1


Chapter 6




 1



「ファイアボール!」

次々に敵は灰になり、数を減らしていく。
さっきまで恐怖に怯えていたアクアの反撃に、敵は驚きたじろいていた。

「……それにしても、だいぶ倒してるはずなのに、次から次へと湧いてるような気がするんだけど」ルーンが息を荒げながら言った。

「そういえばそうだな……いくらなんでも多すぎる」

クリスも周囲を見回しながら答える。
しかし、ふと目に留まった灰を見て、驚きの声をあげた。

「見ろ!あそこの灰が……!」

アクアとルーンが、クリスの指差す方向を見た。
その先を見て、二人も「え!?」と声をあげる。

燃え尽きた灰は微かに動き始め、徐々に盛り上がって魔物の形を成していた。
クリスが斬りつけて倒した敵も、よく見ていれば傷が塞がり復活している。
それを炎や雷で灰にし、ただ延々と倒していたにすぎなかった。

「クク……ヤット気付いたのカ……」ロバートが低い声で笑いながら言った。「そうダ。いくら倒しタところデ、我々の命ハ永遠。お前たちハただ体力だけ消耗し、力尽きていくのダ」

「そんな……」ルーンが落胆し肩を落とした。サンダーボルトの魔法が解除され、空に浮かんでいた雷雲が消えていく。後には皮肉にも、晴れ渡った青空が広がった。

敵はじりじりと歩み寄り、三人は追い詰められていく。
ここで終わりかと思われた時、アクアはあることを思いついた。

「……二人とも、まだ諦めないでください」

「あのね、こんな状況で、どうしたら諦めるなって言えるのよ!」ルーンが憤慨しながら言った。

「まあまあ。とりあえず聞いてみよう」アクアに飛び掛りそうになっているルーンを、クリスがなだめる。「それで、何か案があるのか?」

「確実に倒せるのかどうかは分かりません。この魔法は詠唱に少し時間がかかるし……。その間、二人はなんとか時間稼ぎをしていただければ、うまくいくかもしれません」

「なるほどね……」ルーンが唸る。しかし、アクアの魔法を試す他、方法もない。どのみちやられるなら、やるだけのことはやってから死にたい。

「わかった。じゃあ、僕たちで時間を稼ぐから、マリンは詠唱に集中してくれ。……いくぞ!」

クリスの合図と共に、アクアは目を閉じて詠唱に入った。
それを邪魔しようと敵が襲い掛かる。
ルーンは再び雷雲を呼び、雷で敵をなぎ払っていった。

「いくら足掻こうト無駄ダ。お前たちガ死ぬことにハ変わりないのだカラ」

ロバートが冷たく言い放つ。
だが、二人はそれでも必死に敵を倒し続けた。
そして、そろそろ限界に近づいてきた時、ついにアクアが閉じていた目を開け、両手を大きく振りかざした。

「――この悪しきものたちを焼く尽くせ!メテオフレイム――!」

大気が唸りをあげ、先程までの雷雲を飲み込んでいった。
代わりに、まるで炎のような雲が広がり、雲と雲がぶつかり合って爆ぜた。

「……なんなの……。まるで体が焼かれるようだわ……」

熱気で肌が痛み、ルーンが両手で肩を抱いた。
それでも今度は両手が痛む。
服も熱気を帯び、擦れる度に顔を歪めた。

ロバートや他の敵たちは、何が起こっているのか分からず、ただ空を見上げていた。
そして雲が爆ぜたかと思うと、それは火柱になり、雷が落ちるかの如く一匹の敵を襲った。

「ギャアアァァア!!」打たれた敵は、断末魔をあげ、灰も残さず消え去った。それを見て、周りにいた敵はその場から立ち退いた。

「一体この魔法は何なんだ……?」クリスは唖然とした。

「もしかすると、これは太古の昔に滅びた魔法かもしれないわ」さっき消え去った敵がいた位置を見つめながら、ルーンが説明した。「噂で聞いた話なんだけど、太古の昔、ある民族が編み出した魔法がいくつかあったの。それはどれも強力すぎるものばかりだった。その力によって破滅を恐れた彼らは、魔法を封印することにした。自分たちの魔力も少し混ぜて。だから、今ではもう迷信だと呼ばれていて、そんな民族自体も存在していなかったと言われているの」

「それを、どうして彼女が……」
「分からない。あたしもただの迷信だと思ってたし。でも、もしこれがその失われた魔法なら、大変な発見だわ」

二人は、ただじっと炎の雲に焼く尽くされ、消えていく敵の様を見ていた。
とめどない炎の柱によって、敵はどんどん減っていく。

「くそっ、一体どうなっているのダ!」

いよいよ数が減っているのを見たロバートは、動揺して叫んだ。

「このままでハ全滅してしまウ!一時撤退ダ!」そう言って引き上げようとした時、炎の柱が残りの敵を襲い、ついにロバートにも襲い掛かった。ロバートが悲鳴をあげてもがく。

「……馬鹿ナ……我らハ不死身のはず……なの……ニ……」

最後にそれだけ言い残し、ロバートも他の敵と同じように、跡形もなく消え去った。

敵が全滅すると、空は元の晴れ晴れとした青空へと戻り、今にも焼かれてしまいそうな熱気も消えていった。

しばらく時が止まったかのように、三人ともその場に立ち尽くしていた。
何事もなかったかのように、心地よい風が通り抜ける。

「……やった」しばらく沈黙が続いていたが、クリスがそれを破るように呟くと、緊張がほどけたのか、ルーンも飛び跳ねて「やったわ!助かったわ!」と喜んでいた。

「マリン!」クリスがよくやったと、アクアを称えようと向き直ったが、アクアは虚ろに空を見ていたかと思うと、倒れてしまった。

「大丈夫か!?」急いでクリスが駆け寄り、アクアを抱き起こした。

「……もう……終わったのですね……」

アクアはか細い声で問いかけると、クリスは額を撫でながら「ああ」と答えた。

「よかっ……た」

「ちょっと!マリン!?」目を閉じたアクアを見て、ルーンが慌てて駆け寄った。

「大丈夫、眠っているだけだ。たぶん魔力を使い果たしたんだろう。じきに目を覚ますよ」

それを聞いて、ルーンは安堵して胸を撫で下ろした。「それにしても驚いたわ。まさかあれだけの敵を一掃してしまうなんて」

「そういえば」クリスが思い出したように顔を上げた。「この大陸に渡る前、マリンに占い師が言ってたんだ。本当の自分がどうのって。もしかしたら、さっきの魔法は、それに関係しているのかもしれない」

「そんな……この子は一体何者なのかしら」
「分からない。でも、ノースアイランドのフリージュの町で起こった襲撃、そしてこのザリの町でのこと、何か関係がありそうだ。それに、君とマリンが持っている、不思議な宝玉のことも気になる」

そう言われ、ルーンはポーチからその宝玉を取り出した。
空に透かして見るが、ルーンにはただの古ぼけた玉にしか見えない。

「たしかにこの宝玉を手に入れてから、ろくな目に遭ってないわ。もしかして呪いの玉だったのかしら」
「とにかく、いろいろと調べる必要があるな。ここから東の方角に進めば、ハイルランバーの都があるはずだから、そこへ行こう」
「そうね。あそこは大きな都だし、いろんな人が集まってくるから、情報を仕入れるには持ってこいね。そうと決まれば、さっさと行きましょ。あたしもうくたくたよ」

ルーンは思いっきり伸びをして深呼吸をすると、東を目指して早足で歩き出した。

「ちょっと待ってくれよ。こっちはマリンを背負ってるんだ。そんなに早く歩けないよ」

少しよろめきながら、クリスはルーンの後を追う。
そんなクリスに、ルーンは「ほらほら、頑張りなさい!そんなんじゃ日が暮れちゃうわよ!」と急かした。



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aQuA -アクア- / Chapter 6 - part 2


Chapter 6




 2



ハイルランバーの都は、このアストルリア大陸のほとんどを統治する強大な国ハイルランバーの城下町で、各方面から様々な人が集まる大きな町だった。
街路はたくさんの人々で賑わい、通り抜けるだけでも一苦労だ。

「もう日が暮れてるのに、まだまだ賑やかだな」

クリスは、宿屋の窓から行き交う人々を見て感心していた。

外は徐々に暗くなり月が出始めていたが、人通りは一向に衰える様子はない。
店先で客を呼び込む男、バイオリン弾きが音色を奏で、それに合わせて踊る者。
朝までこの状態が続くんじゃないかというくらい、この町は賑やかだった。

「本当に、迷惑なくらいね。いつまで馬鹿騒ぎしてるつもりかしら」

鬱陶しそうに溜め息をつく。
それを見たクリスは、意外だという顔をした。

「へえ。賑やかなのが好きそうなのに」
「そりゃ、もちろん楽しい雰囲気は好きよ。でも、こんな馬鹿みたいに騒いでるだけの雰囲気は嫌いなの。……実家を思い出すから」

そう言いながら、ルーンは顔に嫌悪感を漂わせた。
クリスは何かまずいことを聞いたと思ったのか、気まずそうにルーンから視線を逸らす。

「あ、そういえば」思い出したように、クリスが切り出した。「ザリの町へ行く前に、洞窟がどうとか言ってなかったか?」
「……あ!そうよそう!あたしはそこへ行きたかったのよ!」

思い出したように、ルーンが椅子から立ち上がり大きな声をあげたので、クリスは驚きのあまり、窓ガラスを突き破って下に落ちてしまいそうになった。

「危うく忘れるところだったわ。できればすぐにでも行きたいんだけど……無理よね」ルーンはベッドで眠っているアクアを見て、脱力しながらまた椅子に座り込んだ。

「そうだな。マリンは魔力を使いすぎて倒れてしまったし。それに僕らも、あれだけ戦って疲れてるからな……」
「仕方ないわね。それじゃ、ちょっと情報収集に行ってくるわ。迷いの森に入るんだから、少しでも詳しい情報が欲しいし」

「僕はマリンを看てるよ」クリスがひらひらとルーンに手を振る。

ルーンは一言、「それじゃ」と部屋から出て行くと、まずはこの宿屋の主人に話を聞いてみることにした。

「迷いの森にある洞窟?聞いたことねえなぁ……」

宿屋の主人というのは、しばしば泊まりに来る旅人からいろいろな話を聞く。
そのため少しばかり豊富な情報を持っているものだが、主人も知らないとなれば、森の中を歩いて探すしかなくなってしまう。

「お客さん、やめときな。迷いの森は、未だ未知に包まれた森だ。入ればなかなか出られないぞ。何のお宝に目が眩んでるのか知らないが、命が惜しければ諦めるんだな」

そう言うと、主人は奥の部屋に行ってしまった。

「なによ、役に立たないわね」

しかしそれで諦めるルーンではない。
危険だからやめとけと言われて、はいそうですか、と食い下がる性分ではなかった。
欲しい物は手に入れる。
それが彼女の信条だった。

「ここで情報収集できないなら……しょうがないわね、気が進まないけど酒場に行くしかなさそうだわ」

ルーンは酒場独特の雰囲気があまり好きではなかった。
特にお酒のにおいは、嫌悪感を抱くほどだった。
故郷にいる父親がお酒が大好きで、毎晩のように客を呼んでは、杯を交わし飲んだくれていた。
そんな父親を、だらしないと幼い頃から見てきた彼女にとって、お酒なんてものは害悪でしかなかった。

一度クリスたちがいる部屋に戻り、一応酒場についてくるかどうか聞いてみたが、「もしマリンが目覚めた時、僕らがいなくて、しかもいきなりこんなところに寝ていたらびっくりするだろう?」と言って断られた。

仕方なく一人で酒場へ行くことになったルーンは、宿を出ると、大通りを避けるように裏路地へ入っていった。
ハイルランバーには酒場がいくつかあるのだが、このような裏路地にあるところばかりではない。
普通にお酒を嗜んで、くつろぎの時間を求める者たちは、賑やかな大通りの酒場へ入っていく。
しかし、そのような雰囲気を求める者ばかりではない。
酒を飲んで人の迷惑も考えずに騒いだり、中には一般的に野蛮だとされる行為を楽しむ者もいる。
そういった者たちが集まるのが、このように裏路地に店をかまえた酒場だ。
情報量が多く、いろいろなところから集まった情報を売買したり、親切に教えてくれる者もいる。
レアな情報を手に入れるには、恰好の場所だった。

ルーンはゆっくりと酒場の扉を開けた。
彼女が入ってきても誰も見向きもしないほど、中は賑わっている。
端のほうで賭博をやっているらしく、大柄な男が負けたのか「てめぇ!今のはイカサマだろぉ!」と声を張り上げていた。
なんとも野蛮そうな雰囲気だが、ルーンはこういうところは初めてではなかったので、躊躇することなくカウンターへ突き進んで椅子に腰掛けた。

「お嬢ちゃん、若いのにこんなところへ一人で来て平気なのかい?」
「あら、いくらあたしがピチピチで美人だからって、見くびってもらっちゃ困るわね。それより、聞きたいことがあるんだけど」

不敵な笑みを浮かべるマスターを、ルーンは軽く受け流した。
マスターはほう、と意外そうな顔をすると、「で、何が聞きたいんだ?」と棚からボトルを出しながら尋ねた。
そのボトルには、しっかりと『ノンアルコール』と書かれている。

「西の森に、宝が眠っているといわれる洞窟があるらしいんだけど、それについて何か知らないかしら?」

西の森、という言葉に、マスターの眉がぴくっ、と動いた。
この様子だと、何か知っているようだ。

「……悪いことは言わねえ、あの森はやめときな」そう言いながら、マスターはルーンの前にグラスを置くと、さっきと打って変わって、神妙な顔つきで声を押し殺しながら話し始めた。

「今までにもお宝狙いの奴らが森に入っていったらしいが、生きて帰ってきた者はわずかだ。お宝に目が眩んでる輩でさえ、もう二度と入りたくないと言うほどだ。ゴーストか何か分からないような化け物まで出るって話だしな」

「化け物?」ルーンが飲んでいる手を止めた。

「ああ。どんな腕の立つ魔法使いでも歯が立たねえらしいぞ」

やはり一筋縄ではいかない場所なようだ。
しかし、そんな所だからこそ、手に入れた時の達成感は大きい。
ルーンとしては、なんとしても手に入れたいお宝だった。

「どうもありがと。お代はここに置いておくわね」

まだ中身が残っているグラスの横にルーンはお金を置くと、マスターが「お、おい、本気でやめとけよ」と止めるのも聞かずに酒場から出ていった。



ルーンは宿屋に戻ると、クリスに酒場で聞いたことを話した。

「……そんな危ない所へ僕らは連れて行かれなくちゃいけないのか?」クリスが怪訝な顔で言う。
誰だって付き添いなんかで死ぬかもしれない所へ行きたいとは思う者はいないだろう。

「なによ、臆病ね。あたしにかかればそんな化け物、どうってことないわよ」
「どんな魔法使いでも歯が立たなかったんだろ?僕は物理攻撃だし、どうしたって敵うわけないだろう。それに、マリンだってまだ、眠ったままだし」

クリスの言うように、アクアはあれからまだ目覚めていなかった。
魔力は精神力でもある。
アクアが唱えた魔法は、その精神力をかなり消費するものにちがいない。
回復にも時間がかかるにちがいなかった。

「しかたがないから、マリンは宿屋の主人にお願いして、二人で行きましょ。こうしている間にも、誰かが行ってるかもしれないし」
「おいおい、それは酷いぞ。もしマリンが目覚めて、近くに僕らがいなかったら心細いだろう」
「でも、もし誰かに先を越されたりしたら、来た意味ないじゃないの」

この言葉にはクリスも呆れてしまった。
ルーンはどれだけ強欲なのだろうか。

「じゃあ一人で行けよ。この強欲女」
「ご、強欲女ですって!?」
「ああそうだよ。君だってあれだけ戦って、疲れてないわけじゃないだろ。僕だって少し休みたいさ。なのにお宝お宝って、どれだけがめついんだよ」

ルーンは顔を真っ赤にして、クリスを睨んだ。
そして、「分かったわよ!一人で行くわ!ここでお別れね、さよなら!」と吐き捨て、バン!と扉を開けて行ってしまった。

しばらく呆然とルーンがいた方向を見つめ、「ほんとにすごい欲だな……」とクリスはため息をついた。






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aQuA -アクア- / Chapter 7 - part 1


Chapter 7




 1



アクアは、宿屋の窓から見える街並みや、行き交う人々を懐かしい気持ちで見ていた。
自分の国も大きくはなかったが、城下町はこのハイルランバーの都のように賑わっていた。

「そうですか。ルーンは一人で森に行ってしまったのですか。心配ですね……」
「心配する必要なんてないさ。ほんとに馬鹿だよ。自分だって戦い疲れているはずなのに、休む間もなくさっさと行ってしまうなんて。一体どういう神経してるんだろう」
「ごめんなさい。もとはといえば、私が倒れてしまったから……」
「君が謝る必要なんてないよ。じゅうぶん頑張って戦ってくれたし、あの魔法がなければ、僕たちは死んでいたかもしれない。感謝してるよ」

クリスが優しく微笑む。
アクアは初めて自分の力がみんなの役に立ったということが、とても嬉しかった。
もう守られているばかりの自分ではない、今度は自分が誰かを守るんだ、という気持ちになれた。
あの戦いで、アクアは少し成長できたような気がした。

「それよりこれからどうしようか。とりあえずルーンのことは置いといて、この辺りで何か変わったことはないか、情報を集めるしかなさそうだけど」
「いいんですか?ルーンをこのまま放っておいて。疲れた体で、しかもたった一人で森へ行くなんて。あまりにも危険すぎます」

口では心配して言いながらも、内心もし彼女が死んだら、自分たちを祟って出てきて、最悪一緒に森へ連れていかれてしまうのではないだろうか、とも心配していた。
欲の深い彼女のことだ、そういうことがあってもおかしくない。
しかしそんなことを考えて青ざめているアクアをよそに、クリスは「ルーンはそう簡単には死なないよ」と笑っていた。

「それに、もし仮に死んでしまって化けて出たりでもしたら、ネクロマンサーにでも頼んで払ってもらうさ」

ネクロマンサーというのは、人や魔物の霊、ゴーストたちを、本来いるべき世界へ還すことを仕事にしている霊媒師みたいな人たちである。
アクアも幼い頃、城へやってきたネクロマンサーが、お払いをしているのを見たことがあった。

「でも、ルーンが言っていた洞窟、気にはなるな。初めて出会った時に、ルーンは占い師に『運命の者と森の洞窟へ行け』って言われたと話していたこと、覚えているかい?」クリスがちらりとアクアを見る。

たしかに、ルーンは最初にそんなことを言っていた。
何があるのかは教えてもらわなかったようだが、彼女はすごいお宝が隠されているにちがいないと決め付け、信じ込んでいた。
もし仮にそうだとしても、迷いの森といわれている所に、どうやって宝を隠したのだろうか。
そしてそんな場所にある宝は、一体どんなものなのだろうか。
宝は欲しいと思わないが、少し見てみたい気もする。

「迷いの森がどこにあるのか、そしてその森に洞窟があるのか、とりあえずこの宿屋の主人に聞いてみよう」
「そうですね、行きましょう」

二人はカウンターまで行くと、主人に迷いの森の洞窟について尋ねてみた。

「さっきあんたらの連れの姉ちゃんが同じことを聞いてきたんだが、わしは知らんのだよ。迷いの森はここから西に行ったところにあるんだが、あそこは人を寄せつけない何かがあってなあ。森に入ったらなかなか出られないみたいだし、行方不明や死者も数知れず。いくらすごいお宝が隠されているからって、そんな危険なところへ行こうとは思わないほうが身のためだぞ」

だんだん顔をしかめだした主人は、「ああ、恐ろしい」と身震いしながら奥の部屋に引っ込んでしまった。
宿屋の主人が知らないとなれば、他をあたってみても同じだろう。

「うーん、とにかく森に行ってみるしかないのか……」とクリスが振り返ろうとした時だった。
突然後ろから、「その洞窟なら、どこにあるか知ってるぜ」と男の声がした。

「きゃっ」思わずアクアが小さな叫び声をあげる。

「あはは、わりぃわりぃ。そんな驚かせるつもりはなかったんだけどな」

どこか子どもっぽい雰囲気を漂わせたその青年は、年齢は二十代前半といったところだろうか。
身長がアクアより頭二つ分くらい大きい。

「洞窟がどこにあるか知ってるって本当なのか?」

クリスが問いかけると、男は「ああ」と頷き、腰に巻いてある小袋から地図を取り出した。
この周辺地図のようで、都の西にあるという迷いの森もきちんと描かれている。
さらに森の中の目印など細かく書かれており、赤い文字で大岩と書かれたすぐ側に、『謎の洞窟』の添え書きとバツ印が付いていた。

「ずいぶん細かく書き込んであるんだな。これは自分で書いたのかい?」

「まさか」男は首を横に振った。「手に入れたんだ、酒場で飲んでいた男からな」

酒場でお酒を飲んでいる冒険者がいたらしい。
彼は世界中をかけ巡っていて、迷いの森の洞窟にあるという宝の噂を聞きつけてこの地へやってきた。
ただ、彼の興味は宝ではなく、森にあった。
一度入れば脱出は困難だという迷いの森を攻略した、世界で初めての人間になりたい。
そんな思いで森に入った彼は、見事森を攻略してしまったらしい。
どうやって抜けたのかは秘密だったらしいが、その知識は相当なものだったのだろう。

森のどこかにあるという洞窟も見つけたが、どうやら強い結界が張られており、さすがの男もそこへ入ることは敵わなかったそうだが、森を攻略したので満足し、地図に書き込んで酒場で一人祝杯を挙げているところをこの青年が通りかかった。
杯を交わしているうちに打ち解け、その森の話を聞いた青年は、自分もその場所に行ってみたいと申し出た。
すると男は、それならこの地図をくれてやる、と、あっさり地図を差し出したらしい。

「その男も興味深かったけど、この謎の洞窟もすごく興味深いから、ちょうど行こうと思ってたところだ。案内してやるから、俺もお前らと同行してもいいだろ?」

彼の言い方が少し癪にさわったが、一人より二人、二人より三人のほうが安全。
ましてや無事に出られるかどうかも分からない場所を、案内できる人間がいるのは心強い、ということで、彼もアクアたちに同行することとなった。

「じゃ、決まりだな。俺はレオン・ハーベスト。レオンでいい」そう言ってにっと笑う人懐っこい表情は、まるで犬のようだ。

レオンの装備はプレートアーマーと剣だけという軽装だった。
彼が言うには、遠距離攻撃のできる、剣に魔法をかけた魔法剣というものが使えるため、そんなに重装備にする必要がない、とのこと。

「魔法剣は、俺の一族だけに伝わってきた剣技だ。熟練度が上がれば、強力な魔法をかけて大技を繰り出すことだってできる」

「すごいんですね!」アクアは目を輝かせた。

「だが、強力すぎるからあんな……あ、いや、何でもない。それより、その洞窟に行くならさっさと行こうぜ」

レオンはそう言うと、先に宿屋から出て行ってしまった。
取り残された二人は、呆然と立ち尽くしていた。

先程のレオンは、ぐっと何かを堪えていた。
絶望のような、悲しみのような、そんな表情をしていた。



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aQuA -アクア- / Chapter 7 - part 2


Chapter 7




 2



一体この森はどうなっているのだろうか。
さっきからずっと同じところを繰り返し歩いているようだ。
森の外から見た様子では、そこまで広い森には見えなったのだが。

「まただ!」

クリスが木の根元にある、人一人がやっと抱えられそうなほどの大きさの石を指差して叫んだ。
アクアとレオンがクリスの指差す方を見ると、たしかにさっき見かけた石と同じもののようだった。
三人同時にため息をつく。

「もうこれで、この石を見るのは五回目ですね……」

最初、三人ともこのように似たような石がいろんな所に転がっているのだと思っていた。
だが二回目に見た時、念のため石のすぐ横の木の幹に印をつけておいたのだ。
しかしそれからも進んでみたが、またこの場所にたどり着いてしまっていた。
間違いなく三人は、同じ場所をループしていたのだ。

「本当にここは迷いの森なんだな……この地図のとおりに進んでると思ったんだけどな……」レオンが首を傾げながら後ろ頭をかく。

「これでは洞窟へ行くことは困難ですね。ルーンもこの森にいるはずなのに、まるで出会う様子がないし……」
「ルーン!?」

突然レオンが上ずった声で叫び、飛び上がった。
それにつられてアクアも飛び上がる。

「おい、もしかして、そいつはルーン・トラストって名前じゃないか!?」
「そ、そうですけど、それが何か?」

レオンはその言葉に衝撃を受けたのか、大袈裟に倒れ込んでしまった。

「……そいつは……俺の元カノなんだ」
「ええぇええええぇぇええぇ!?元カノぉお!?」
「ルーンとお付き合いを!?」
「ああ……」

約一年前、レオンはとある酒場でルーンと出会った。
一人でお酒を飲んでいるところにルーンが声をかけてきたらしい。
彼女を見たとたん、レオンは心を奪われてしまった。
いわゆる一目惚れというものだ。

彼はルーンに断られるのを覚悟でパーティを組まないかと提案をしてみた。
もちろん、それは彼女に近づくための口実だった。
彼女は少し考えていたが、意外とすんなり了承したそうだ。

「最初はそりゃ、嬉しくて天にも昇る気分だったさ。ダメ元で持ちかけてみた話が、いとも簡単にオーケーしてくれたんだからな。それから俺はすぐに告白した。それもすぐにオーケーしてくれた。だが、それがすべての始まりだったんだ……」

その後のレオンの不幸は、目を覆いたくなるような話ばかりだった。
ことあるごとにルーンにこき使われ、おいしいところは毎回と言っていいほど取られ、挙句の果てには持っていたお金と、手に入れた宝をすべて持っていかれてしまった。
ルーンがレオンと付き合っていたのは、言うことを聞いてくれる下僕と金目のものだけが目的だった。
もちろん恋愛感情などというものははなから何もなかったのだ。

「あんなやつにまた会うのはごめんだ!俺は帰るぞ!」
「おいおい、帰るっていっても、ここからどうやって出るんだよ」
「俺は自分で道を見つける!とにかくあいつに会いたくないんだ!」

クリスが必死に止めるのもむなしく、レオンは走って逃げ出してしまった。

「……行ってしまいましたね」
「まあ、どこに行っても、どうせまたここに戻ってくるさ」

案の定、レオンは戻ってきてしまった。
森から出られないことと、ルーンに会わなければいけない苦痛が重なり、顔がひどく青ざめていた。

「もう嫌だ……俺はここで死ぬ……」
「何を大袈裟に嘆いているんですか。まだ死ぬと決まったわけじゃ……」
「そうそう、あんたたちは死ぬわけじゃないわ」

突然どこから声がしたのかと三人は辺りを見回すと、近くの木の低い枝に立っているルーンの姿があった。
三人が驚きで硬直しているのを見てくすっと笑うと、ルーンは軽やかに身を翻して地面に降りた。

「ル、ルーン!無事だったのか!?てっきり僕たちと同じように迷っているのかと……」
「失礼ね!あんたたちとこのあたしを一緒にしないでちょうだい。もう少し先で洞窟を見つけたんだけど、人の気配がしたから、誰かと思って戻ってきてみれば、あんたたちだったのね」

どうやってルーンは洞窟までたどり着いたのかというと、なんと勘で突き進んだだけだそうだ。
一応目印はつけて進んでいたが、こうも同じところを回ってしまうとらちがあかない。
慎重に進むのはやめ、何も考えずに歩いていたら、人工的に手を加えたように見える大きな岩があって、そのすぐ側に洞窟を見つけてしまった。
どうやらルーンは、とんでもない強運に恵まれているようだ。

「例の洞窟を見つけたんですね?」
「ええ、見つけましたとも。でも、変な門番みたいなのがいて、『二つの珠(じゅ)が揃いし時、扉は開かれよう』とかわけの分からないこと言われて追い返されちゃったのよ」
「二つの珠……?もしかして、これのことかしら……」

アクアは国に伝わる宝玉の入ったポーチに手をあてた。
もうひとつの珠は、おそらくルーンが持っている宝玉のことだろう。

「たぶんね。それにしても久しぶりね、レオン。あれからまた一段とかっこよくなっちゃって」
「そ、そんなにおだてられても、俺はもう騙されねえぞ!よくもあの時は騙してくれたな!お前のせいで、あれから俺はどれだけ苦労したことか!」

レオンは吼えるように噛み付いたが、ルーンは手を口にやり大袈裟に高笑いした。

「あーら、何のことだかさっぱり。それより、あたしがみなさんを洞窟へ案内して差し上げてもよろしくてよ?」

「本当か!?そんなこと言って、また人を騙すつもりじゃないだろうな!?」レオンが警戒するように後ずさりする。

「そんなことしないわよ。なんならあんただけ置いていってもいいのよ。自力でこの森から出られるのならね」
「うう、それだけは勘弁……」
「じゃあ、みんなでその洞窟へ行こうか」
「いいわよ。でも、そのかわり……」

ルーンはもったいぶるように言う。
何を要求されるのかと冷や冷やしながら、三人がごくりと唾を飲んだ。

「洞窟のお宝は、全部あたしのものよ!分かった!?」

この一言に全員が呆れ返ったのは、言うまでもない。






to be continued...



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aQuA -アクア- / Chapter 8


Chapter 8




そこはとてもひんやりとしており、狭く、薄暗く、でも空気は外と変わらず、なんとも不思議な洞窟だった。

「あー、まだケツが痛ぇ……」レオンがさっきからずっと、お尻をさすっている。

クリスも同じく痛みを感じるようで、何度も立ち止まって深呼吸をしては、「よしっ」と気合を入れていた。
アクアは何とか痛覚を遮断しようと考えないようにしていたが、どうにも歩き方がぎこちなくなってしまっている。

あれからルーンの後をついて行った三人は、無事に目的の洞窟にたどり着いた。
入口は高さも幅も二メートルぐらいでそれなりに大柄な人間でも通れそうな広さだったのだが、少し進むと道幅が狭くなり、だんだん斜面を降りる形になったかと思えば、途中で急にほぼつるつるの通路に全員が足を滑らせてしまい、スライダーのように流れてきて現在に至っている。

洞窟の中は不思議な雰囲気だった。
ずっと細い道が続いており、入口からだいぶ離れてきたはずなのに、空気がまるで外と変わりない。
洞窟特有のカビ臭さも全くなかった。

「そういえば、ルーンが言ってた門番みたいなのって、どこにいるんだ?」

「あたしが最初に来たときは、さっきの滑る斜面を下りてからもうちょっと進んだ先だったんだけど……」そう言ってルーンは立ち止まった。

「どうしたんですか?」合わせてアクアも立ち止まる。

「いや、あたしが最初に来た時は、こんな平淡な通路じゃなかったと思うんだけど……もっとこう、分かれ道とかあったりして……最初とは道が違うの。やっぱりこの洞窟、何かがおかしいわ」
「でも、ずっと一本道だったぞ。おかしいのはお前の頭だろ。宝に目が眩んで、頭でも打ったんじゃないのか?」

レオンが自分の頭を人差し指でとんとん、と小突いきながら悪態をついた。

「なんですって!?」ルーンはまるで蛇のように、レオンを睨みつけた。「おお、怖い怖い」と、レオンは大袈裟なリアクションをとりながらクリスの後ろに隠れる。

「とにかく、いまさら引き返すわけにもいかないし、ひたすら前に進んでみましょう」

ふざける二人は放っておくことにして、アクアはさっさと歩いていってしまった。

「……珍しく積極的だな」

人が変わったように前向きなアクアを見て、クリスがぽつんとつぶやいた。

それからの道も、やはりルーンの言うような分かれ道はなかった。
ただひたすら一本道で、幅も狭いままだった。

しばらくして、気のせいか辺りが明るくなってきた。
一応アクアたちはカンテラを持っていたのだが、そのせいだけだはない。
おかしなことだが、どこからか陽の光が差し込んでいるような明るさだった。

「これはもしかして、外に出られるのかしら!?行くわよ!」
「あ、ちょっとルーン!」
「俺たちも走るぞ!」

急に走り出したルーンを、三人は追いかけた。
光はますます明るさを増し、ついに全員の視界を白く染めた。

「……何なの……ここ……」

そこはいつかの時代に造られた都市の廃墟のようだった。
近くに海があるのか、微かに波の音がさざめいている。

「やっと外に出られたと思ったら、これかよ……」レオンが肩を落とす。

「かなり昔に滅んだ都市みたいだな。何百年か……いや、もしかしたらもっとはるか昔か……」クリスが老朽化して崩れた建造物の灰を手に取りながら言った。

各々がその光景に圧倒される。
かろうじて形を保っている建物も、今にも崩れそうに佇み、ただ侘しさが漂っているだけなのにもかかわらず、どこか神聖な空気があり、思わず息を呑んでしまう。

『アクアよ……よくぞこの地へ戻ってきた……』

突然どこからか声が響いてきた。
どこか近くからのようだが、肉声というよりは、まるで空が語りかけているような声だった。

「誰だ!?」クリスが腰の剣に手をかけ、周囲を警戒した。

『私たちはいつかお前が帰ってくるのを待っていた。そして永い年月を経て、ようやく今、故郷へ帰ってきたのだ』

「何!?帰ってきたって何なの!?ていうか、アクアって誰よ!」ルーンは何が起こっているのか、“声”が何を言っているのか分からず混乱していた。

「……アクアというのは、私の本当の名です」
「マリン、どういうことだ?君の名前はマリンじゃないのかい?」

クリスが訝しそうにアクアを見る。
ルーンもまた、クリスと同じ表情でアクアを見た。
ついにアクアは、本当のことを言わなければいけない時がきてしまったのだ。

「今まで嘘をついて本当にごめんなさい。どうしても、名前を明かせない理由があって……」

そう言いかけた時、“声”が『……ゴホン!』と、わざと遮るように咳払いをした。
勝手に話を進めたことが気に入らなかったのだろうか。
表情は見えないが、それに似た空気を四人に漂わせていた。

『えー、そうだ、そのとおりだ。マリンなどという下賎な名前ではない。今そこにいるのは、ノースアイランドを統治する、誇り高きウィンタリィル国のアクア・ヴィクトリウス・セント・ウィンタリィル王女だ』
「王女って、どういうこと!?」
「旅人じゃなかったのか!?」
「俺はてっきり、ただの箱入り娘かと……」

三人は驚きを隠せなかった。
アクアはその様子に萎縮してしまった。

「……あ、あの、私が故郷に帰ってきたというのはどういうことなのですか?ノースアイランド以外にも、国土があるというのですか?」

アクアは一歩前に踏み出し、どこにいるのか分からない“声”に向かって問いかけた。

『なんと……お前は何も知らずにここへ来たというのか。あの突然の襲撃のことも、お前が今、懐で守っている宝玉のことも』

「この宝玉のことですか?」アクアが国に伝わってきたという宝玉を取り出し、空に向かって差し出した。
「あ、私も持ってるわよ」同じくルーンも、ポーチから無造作に宝玉を取り出す。

それを見た……と表現するのが正しいのかどうかは定かではないが、“声”は悲痛に嘆き始めた。

『これはまたなんということだ!こんな薄汚い愚民などの手に、神聖な宝玉が渡ってしまっているとは!』
「愚民ですって!?」

ルーンは食ってかかったものの、姿の見えない“声”を締め上げることができない悔しさに苛立ち、地団駄を踏みながら歯軋りをした。

「覚えてらっしゃい!もしこの先会うことがあったら、顔の原型がなくなるまでぶん殴ってやるんだから!」
『ふん、勝手に喚くがよい。どうせお前たちが私の実体に会うことは叶わぬのだから』
「それはどういうことなんですか?」
『すでに私の肉体はとうに滅び、土に還っているということだ。今は残留思念だけがこの世に留まっている』

残留思念ということは、この場所に何か思いを強く込めて残したいことがあったということ。
それほどまでに、アクアに伝えなけらばならないことがあったのだろうか。

「でも、どうして国はノースアイランドへ移ったのですか?」

「隣国との戦争……」クリスが口を開いた。「大陸ではよくあることだよ。僕もちらっとしか聞いたことがないんだけど、大昔のアストルリア大陸には、今よりも国がたくさんあったらしい。大きな国から小さな国までね。でも弱小の国は、すぐに大きな国に支配されてしまう。今あるハイルランバー国は、そうした支配によってできあがった国だそうだ。もしかしたらウィンタリィル国も、戦争によって侵略されていたのかもしれない」

『そちらの青年は物知りなようだな。正解は八割といったところだが』

“声”のその口調は、どこか意味深だった。

『この国はかつて、大陸の全土を支配する大国だった。魔法を得意とし、より強大な魔力の研究も行っていた。しかし……』

それも長くは続かなかった。
国は栄え、いつか衰えていくものだが、彼らはこの国が衰退するはすがないと過信していた。
どこまでも進化を遂げ、やがて全世界を支配するのだと思い込んでいたのだ。
しかし、少しずつ忍び寄る闇に気がつかなかった。
隣国が密かに連合を組み、それが大陸にある全ての国に広がっていき、ようやく気付いた時にはすでに遅し。
一気に攻め込まれ、防ぎ切ることができずに大陸から追い出されてしまった。

『我々は自分たちのおごり高ぶった力が事態を引き起こしたのだと確信した。今一度見つめ直し、ノースアイランドでやり直すことにした。まず私たちは、大陸の故郷を強力なバリアで隠し、洞窟を仲介として迷いの森と繋げたのだ』

どうやらルーンが最初に訪れた時に分かれ道がいくつかあったというのは、古代ウィンタリィルの魔法の施しによるものだったようだ。
来たる時まで招かれざる者が侵入してくることのないよう、彼らは結界を張って守り続けていた。

『そして同じ過ちを繰り返さぬよう、危険ないくつかの魔法をふたつの宝玉に封印した。ひとつは悪を滅ぼす力の込められた真(まこと)の珠(じゅ)、そしてもうひとつには、世界に混沌をもたらす力の込められた破(は)の珠(じゅ)――』
「それでは、私の国を襲撃してきた敵は、この宝玉の持つ力のことを知っている者……つまり、王族の者だということなのですね……」

アクアは宝玉を胸に抱え込み、辛辣な表情を浮かべた。
アクアの父、ウィンタリィル国王は、死ぬ間際に宝玉が悪しき者の手に渡らないようアクアに託した。
それが王族内の者だということは、王は知っていたのだろうか。
死人に口なし、今となってはもう聞くこともできない。
アクアはただ、ひたすら父の言葉の言いつけどおりに宝玉を守るしかない。

一方ルーンは、ただの水晶玉くらいにしか思っておらず、扱い方も雑で、誰彼かまわず見せびらかしてしまうほど。
よく今まで狙われなかったと驚くくらいである。
だが、宝玉を譲り受けてからというもの、ルーンにとって都合の悪い面倒事ばかり起こっている。
彼女にしてみれば、宝玉は災厄のようなものにすぎなかった。

「何が何だか分からないけど、要するにこの宝玉が全ての災いの元ってことね……だったら、こうするまでよ!」

ルーンは宝玉を片手に持ち掲げると、まるでボールを投げるかのように構えた。

「ル、ルーン!あなた何を……!」
『待て!待つのだ!』

アクアと“声”が止めるのも聞かずに、ルーンはおもむろに近くにあった建物の壁に宝玉を投げつけた。
速度に任せて飛んでいった宝玉は、派手な音を立てながら、ものの見事に粉々になってしまった。

「これで世界の平和は守られたわ。こんなものがあるからいけなかったのよ。狙われる原因が宝玉だったんなら壊してしまえばいい。そうすれば、国が滅ぶこともなったんだわ。ほら、あんたも貸しなさいよ。あたしが粉々にしてあげるから」
「え、でも……」

宝玉を出せと手を差し出してきたルーンに、アクアはおろおろと戸惑ってしまった。
たしかに宝玉さえなければ、もう自分が狙われる理由もなくなるかもしれない。
しかし、そんな簡単なことではないような気もしてしまう。

『馬鹿者!アクアよ、それを壊してはならん!もしその宝玉まで破壊してしまえば、この世界には更なる災厄が訪れることになってしまうのだ!』“声”が慌てて阻止した。

「災厄ですか?」
『そうだ。今そこの愚民が粉々にしてしまった宝玉は、残留思念を封じ込めていた記憶の珠(じゅ)だ。私たちは予言していた。再び、この世には災いが降りかかるだろう、と。それを懸念して、三つの宝玉を造り出したのだ。いつか王族の子孫が宝玉を手に、世界の災いを振り払うことを祈って……残留思念はその……補助の役を担って……いた……』

急に“声”の言葉にノイズが走り始めた。

「どうかしたのですか?」
『……そろそろ私の役目は終わ……うだ……もうこの世に留まっ……なくなった……他にも残留思念……にいたのだが、皆消えていなくなる……クアよ、その宝玉は守り通すのだ……傷ひとつつけて……ぞ……』

やがて“声”は完全に消滅してしまったようだ。
先程まで感じていた気配がなくなり、耳をすませても波の揺れる音しか聞こえてこなかった。






to be continued...



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Jis

Author:Jis
趣味は音楽、映画鑑賞や読書、漫画など。
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Latest:2016.02.19 小説『aQuA -アクア-』のChapter 8 をアップしました!

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